黒澤明『羅生門』

映画は、普段ドキュメンタリー以外めったにみないのですが、
最高にクールでした。
クールとか、今時使わないよって感じですが、なんだか、クールって言葉が合うかんじ。
そもそも、『薮の中』がすごくすきで、みてみたのですが、
『薮の中』に負けず劣らず、イケイケだった。
最近、小説とかでも、いろんな人が一つの物事を語ってるっていうタイプの形式が多いですよね。
やっぱり、集団としての意識より、個人としての感覚を重視して、
価値観の多様化が素晴らしい!という社会の傾向もあるのでしょうか?
『薮の中』の場合は、多様性とは違うと、思います。
みんな、たしかにいってることは、違うけど、
人間の本質みたいな部分は、みんな共通していると思う。
えげつなくて、必死。
調子にのって、おどおどしてのくりかえし。
でも、『羅生門』の終わり方と、一緒でやっぱり、
人間って捨てたもんじゃない、と。
あそこまで、グロいのに、最後はそういう終わり方にしてくれる、
黒澤監督のことを、同じ人間として、心から信用できると思いました。
それにしても、妻役の京マチ子さん、
綺麗だったな。
妖艶って、こういう人のこというんだなと思いました。
ここまで彼女が、印象に残ってるということは、
やっぱり、『羅生門』は、『女』についての話だったのかな??
さとうさくら『スイッチ』

完全に、表紙にみとれて購入しました。
この作品で、第1回日本ラブストーリー大賞審査員絶賛賞を受賞したそうです。
ストーリー
主人公苫子はフリーターで、処女。他人と上手くコミュニケーションをとることができず、簡単なバイトさえもクビになる始末。嫌なことがあるたびに、自分の首の後ろを押す。彼女のイメージの中では、そこに人間を消すことができるスイッチがあって、そこを押せば自分は消えていなくなることができるのだ。そんな彼女がバイトを変えたことで、いろいろな人に出会う。みなどこかズレていて、アンバランスな人ばかり。最初は何となく距離を置いていた苫子と彼らだが、徐々に近づき、お互いに影響しあう。といっても、劇的な何かが起こるわけではなく、あくまでも消極的に、静かに、ジンワリと変化はやってくる。物語の最後、苫子は処女ではなくなり、サル男という好きな男もできた。周りの人とも自分から連絡を取り、すべてが上手くいかなくても、繋がりを自分から保とうとする。変化はそれだけ。だが、苫子にとっての世界は大きく変わりはじめていた。
パンチ、きいてました。
村上春樹以降の、やわらかい日常的な文体ではあるんだけど、
かなりぞっとさせられました。
そもそも、主人公の設定が26歳処女って。
しかも、どうやら、わりときれいなひとみたいで。
処女とか、彼氏がいないとかすごく個人的なコンプレックスと、フリーターとか社会的なコンプレックスとどう違うんだろう?と思いました。
若いときって、コンプレックスっていっても、単純にいいときわるいときみたいな波があるけど、
年齢を重ねるにつれて、その波の幅がゆるくなってくるんだろうなって、
思って、ちょっと怖くなった。。
悪いときからまた、いいときになるまでのスパンが長いというか。
かといって、この苫子もそうだけど、人とかかわらなかったらそもそもコンプレックスなんて生まれないだろうな。
すごく楽かも。
それでも、今日も、いろんな人と会う。
桐野夏生『冒険の国』

桐野夏生さんの美人が書いた文章だなってわかるところが、
本当に好きです。
割と、読破してるな。
でも、この作品は例外。
かなり古いみたいで、
1988年にすばる文学賞に応募して、最終候補までいった作品みたいです。
まだ、途中かと思うほど、シンプルです。
いまからでも、続き書いてほしい。
私が、初めて読んだ桐野さんの作品は、『リアルワールド』
そのとき、絶対この作家美人だて思って、調べたらやっぱり美人だった。
自分の感覚をすごく信用してる感じがして、
本を読んでるとここに書かれてることが嘘でもいいなって気になってしまいます。
この人がいってんだったら、って。
その後、美人の作家の作品を探して読んでみてたりしました。
最近では、辻村深月さん。

作品と、その作家の外見との関係って
すごく興味ある。
作家とか、演出家とか、表立たない人は特に!


