女優は、「中年」役を恐れるべからず。

一気に暖かくなった、パリを離れて、

アビニョン演劇祭に向けた稽古のため、Valenceに滞在しています。

CERTAINES N’AVAIENT JAMAIS VU LA MER

場所は、アビニョン「IN」の会場の中でも、1,2位を争う人気の場所。

CLOÎTRE DES CARMES

122_carmes_110724_rdl_0620.jpg

外が暗くならないと、開演できないので、

開演時間は、なんと22時。

野外会場が多い、アビニョンのプログラムの中では、平均的な開演時間である。

 

初めての野外公演ということもあって、

常に、喉と声を心配しながら、リハーサルを行っている。

ここ2年近く、フランスでは、600席以上の規模の会場が多かったので、

だいぶ、発声も鍛えられたと思っていたところに、またまた落とし穴。

 

作品の中の一場面で、初めての母親役。

女優7人がメインの作品なのだが、

そのシーンに関しては、子供役3人と母親役4人でやることになっていて、

まさか、自分が母親役に配役されるとは思わなかった。

 

年齢的には、もう30歳なので、母親役が来てもおかしくない年なのかもしれないが、

ヨーロッパで暮らしていると、アジア人ということもあって、

若く見られて当たり前。

そのことを意識したこともないし、

「実年齢より、若く見られたい」などと意識的に思ったことなどないのだが、

どうやら、声と身体は、無意識に欲していたようだ。

 

まずは、自分は母親役ができるくらいの外見なんだというショック。

演出家には、声に重みがないという指摘。

 

フランス語の解釈の面で、もう困ることもないけれど、

いくら頑張っても消せないのが、アクセント。

このアクセントの方に、いつの間にか、引っ張られ、

声も、アクセントに合わせて、子どもっぽくなってしまっていることに気づく。

 

実際、今までは、役的にも、少女的な役を与えられることが多かったので、

それで通用してきたのだが、今回は、「逃げ道」という名の武器をまんまと封じられてしまった感じ。

 

同時に、自分が「実年齢よりも若い」役を、演じることが多いことに、

無意識に、女性として優越感を感じていたのではないか、と思うとぞっとする。

 

日本のテレビや雑誌で、特集されるような、

実年齢より若く見える、綺麗すぎる「美魔女」たちがもてはやされる世の中に、

いつのまにか洗脳されていたのかも。

メディアの力、恐るべし。

 

個人的には、日本を離れた時点で、

女優という職業上、

逃れられないであろう、「他人と外見を比べる」という呪縛からは、

逃れたと自負していたのだが、

年齢に関しては、人種は関係ない。

 

年とともに、外見も変わっていく。

 

女性のいつまでも若く見られたいという願望は、

女優にとって、実に厄介なものである。

 

外見を武器にしていない女優であっても、

「中年」の役を楽しめない限り、

女優の生き延びる道はないからである。

 

まさに、その転機となるのが、30代前半であると、苦くも、実感する日々である。

20代の役の倍率と、40代の役の倍率、どちらが高いかなど、比べるまでもない。

俳優として生きていくことを目指す、若い才能は、掃いて捨てるほどいるのが現実である。

 

「中年」の役を楽しめるか。

ここ数日ずっと考えていたのだが、

それは、「重力」を楽しめるか、

ということのではないかという気がしてきた。

20代にはない、身体の重み、声の重み、そして、人間の厚み。

これらの「重力」を、少しづつ感じられるようになってきたところで、

ようやく、声のトーンが、子供っぽいアクセントに引っ張られることなく、

緩やかに、緩やかに、下降していく。

 

正直、20代の頃と比べて、

「失った」と感じてしまうことだってある。

変わりなく生活しているようでも、

身体は丸くなるし、

顔にシワもできる。

でも、やっぱり「中年」の役を演じるために必要な、

この「重力」を手に入れたいと思う。

そして、おそらくこの「重力」と同時に期待するのが、

「静のエネルギー」

 

若い頃は、なんでも、元気が一番。

オーディションでも、声が大きくて、明るい子は、

決まって好印象。

 

私が、好きな「中年」の役が演じられる女優たちが持っているのは、

「静のエネルギー」

舞台の上に、ぽーんと「沈黙」を投げ込むことだって厭わない。

空間全体を包み込むようなエネルギーが、

温度となり、地を這り、

観客を、彼らの足先から捕らえていく。

 

俳優の身体は、

商売道具。

そして、なんといっても、可塑性に優れている。

だから、「現在」の自分の身体を、商売道具として使いこなすために、

精神のアップデートを常に求められる。

年をとるだけ、

アップデートした回数も増える。

「失う」ものは何もない。

 

幸せなのは、「中年」を演じることのできる素敵な女優たちに囲まれて仕事をしていること。

だから、私も、早く「中年」を演じられるようになりたいと思える。

つまり、「中年」かっこいい!と、若い世代に思わせるような女優を目指さないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広告

スターと仕事

日本での公演が終わり、

時差ぼけが全く抜けないまま、

南仏に飛んで、アビニョン演劇祭に向けての新作の稽古が始まった。

今回は、Valenceという場所にあるLa comédie de Valence という公共劇場のプロダクションで、そこの劇場の芸術監督Richard Brunelが演出する作品である。

『Certaines n’avaient jamais vu la mer』

これは、日系アメリカ人のジュリー・オオツカ氏によってもともと英語で書かれた小説で、

日本語では、『屋根裏の仏さま』というタイトルで出版されている。

51nro931MsL._SX346_BO1,204,203,200_.jpg

http://www.shinchosha.co.jp/book/590125/

 

渡仏したばかりの頃、

演劇で扱う作品は、難しくても、原文で読む努力をした方がいいのだろうと思い、

辞書を片手に、数日かけて読んでいたのだが、

ある日、母に、日本語訳が出てるものは、日本語で読めばいいのよ、と言われた。

その言葉に、「原文で読破=素晴らしい」幻想が、一気に消え、

フランス語がわかるようになった今でも、

新しい作品に取り組む時は、

まず、日本語訳があるか、アマゾンで検索している。

おかげで、本棚は、古典の日本語訳に溢れている。

IMG_3997.jpg

そして、今回も難なく発見。

 

『屋根裏の仏さま』の主人公は「わたしたち」。

20世紀初頭に「写真花嫁」としてアメリカに渡った日本人女性たちを、

作者が「一人称複数形」という一風変わった手法で、見事に書き上げている。

フランスの女性版ゴンクール賞と言われる、フェミナ賞を受賞したこの本は、一度読んだら忘れられない、独特なリズムとメロディーを奏でる、まるで楽譜のような小説である。

過去にも、この小説を舞台化したいと考えた演出家は、多く存在したらしく、

そのつど、作家は、イメージをすることができないと断っていたらしいのだが、

Richardの根気強い交渉の末、アビニョン演劇祭公式プログラム作品ということもあり、

彼女がいつも執筆場所に使っているニューヨークの小さなカフェでの話し合いの末、上演許可がおりたそう。

 

「写真花嫁」という、いまいち聞きなれないこのワードは、歴史上に実際にあった出来事である。

20世紀初頭に写真だけの見合いで、米国や南米の日本人移住者の元へ嫁いでいった日本人女性たちのことである。

夫となる人のハンサムな男性の写真に希望を抱き、海を越えてやってきた「わたしたち」は、

さえない中年男性たちに迎えられる。

写真は、昔のものであったり、友人のものであったり、本人とは、似ても似つかないものであった。

そして、「わたしたち」には、過酷な重労働と、異国での差別に苦しむ生活が描かれている。

とは言っても、具体的なひとりの「わたし」の物語ではないので、

あくまでも、心地よい距離感のなか、時にはおかしく、時にはかなしく、「わたしたち」の物語は進んでいく。

 

アジア系俳優中心のキャスティングのなか、

なんといっても、目玉は、アメリカ人役を務める、ナタリー・デセイ氏。

2013年10月にオペラ歌手を引退するまで、

ヨーロッパのトップソプラノ歌手として君臨し、

オペラにあまり明るくない私でさえ、引退が決まってからのコンサートに、

当日、3時間以上並んで、チケットを獲得したくらいである。

 

引退後は、女優として活動を再開し、今回が女優として3回目の舞台出演となる。

 

2月に行われたプレ稽古の最後の3日間に合流したナタリー・デセイは、

まさに、スターの風格をまとってはいたものの、

稽古が始まるや否や、

実に痛快な集中力を見せつけた。

そもそも、その日の稽古の課題が、

グループごとに、小説のあるシーンを舞台化するというものだったのだが、

まさかの、ナタリー・デセイと同じグループ。

世界を相手に舞台に立ってきた彼女は、

経験値の全く違う、

自分よりも20歳以上も若い俳優たちに混じって、

ただただ、与えられた時間の中で最高のものを創ろうとしていた。

その姿は、「スター」というよりは、むしろ、「こども」。

私の「スター」に対する固定観念は、その瞬間に音を立てて崩れる。

 

「スター」になればなるほど、仕事が増える。

仕事が増えれば増えるほど、時間がなくなる。

そのジレンマの中で、高いクオリティーを維持するには、

「今」という時間の密度を最大限まで高めることなのだと、ナタリーの姿勢を見て学んだ。

グループで話し合うときも、

発表前に準備しているときも、

もちろん、舞台に立っているときも、

「今」この瞬間に、「エンゲージ (engage) 」する力が非常に高いのだ。

そもそも、この「エンゲージ」という言葉には、「契約」という意味のほかに、

「戦闘態勢に入る」という意味もあるのだが、

まさに、「戦闘態勢に入っている」時間が非常に長い。

物事、もしくは、誰かに対して、その瞬間、どこまで深く関わることができるか。

 

流れている時間の長さを変えることはできないが、

流れている時間の「密度」は変えることができる。

こうやって、「スター」たちは、「密度」を上げることで、

他の人の何倍もの時間を、

創作に費やしてきたのだろう。

 

演劇は、スマホ的効率の良さに対して、対極に位置する芸術だ。

スマホ世代の私たちは、
だからこそ、スマホで簡単に繋がることができる外の世界ではなく、
まず、「今」「ここ」にエンゲージする力が必要なのだ。

 

俳優のための「労働と対価」入門

よく、なんの仕事してるのかと聞かれて、

「演劇やってます」とか、「絵描いてます」とか、「音楽やってます」とか答えると、

真っ先に、「それで食えてるのか?」という、声にならない声が聞こえてくる、

というのは、20代後半以降のアーティストなら、必ず経験したことのある瞬間であろう。

 

正直、私は、20代の長い長い回り道のおかげで、

現在、奇跡的に、俳優という職業だけで、「食えて」いる。

それは、フランスという場所を拠点にしているという理由が半分と、

もう半分は、私が引き寄せている強運によるものだと思っている。

なぜなら、フランス人の中にも、もちろん「食えない」俳優は存在するわけで、

当たり前のことだが、芸術大国フランスも、すべての俳優の生活を保証できるほど、余裕があるというわけではないのである。

 

私が、俳優として「食える」ようになって、もうすぐ2年が経とうとしているのだが、

1年くらい経ったあたりから、

どうやら、「プロフェッショナル=それで食えてる」という、

一見、社会に対して超説得力のある図式が、罠であるらしいと気づき始めた。

俳優、もしくは、アーティストという職業に、この図式をあてはめることは、

実に、ナンセンスなことなのである。

 

なにしろ、労働に対する対価というものは、

社会の基準によって、決められたものであり、

芸術の世界では、対価に合わせて、労働するということが、ほとんど不可能なのである。

これは、どういうことかというと、

例えば、ある工場で、1時間に、ある製品を100個生産することができる人と、50個しか生産することができない人がいたとする。

この場合、労働効率に合わせて、

100個生産することができる人には、時給1000円の対価、

50個しか生産することができない人には、時給500円の対価、と差をつけることは可能かもしれない。

しかし、芸術の場合、1000円の対価と、500円の対価の場合で、

作品への「エネルギー」を変えることはできない。

つまり、俳優が、月3万の仕事と、月50万の仕事によって、

創作への熱量、はたまた、演技を変えてしまったら大変見苦しいことである。

 

しかし、俳優も人間なので、

月3万の仕事と、月50万の仕事によって、シンプルに「モチベーション」が左右されることは、やむを得ないことであろう。

実際、私自身も、労働量と対価が、明らかに釣り合っていない現場で、

どんなに素晴らしい作品だったとしても、これでは生きていけないと、パニックに陥ったこともあった。

そもそも、俳優とアーティストの決定的な違いは、

関わる仕事すべてが、やりたい仕事とは限らないという点である。

自分とは、異なる世界観をもつ演出家の作品であっても、

その中で、演出家との交渉の中で、求められているものと自分のやりたいことのバランスを取っていくことが仕事だと思っている。

だからこそ、他のアーティストよりもさらに、「対価」に左右されがちなのである。

 

その上で、芸術という形態の性質上、

対価に合わせて、「手を抜く」ということが、もともと不可能なのだから、

「追求する質」に「対価」を関与させないということが重要である。

もっと、わかりやすく言ってしまえば、

追求する質を生み出すことにかかる「時間」に「対価」を一切関与させるべきではない。

 

そもそも、私は、大学生のとき、「アルバイト」という立場では、本当に役に立たない人間で、

どんなに演劇が好きでも、「アルバイト」をしながら、成長していくことは、

自分には無理だと見切りをつけ、

「アルバイト」をなんとかしないで演劇を続けることのできる場所を模索し、

逆に「アルバイト」以外の苦労は、すべて受けて立ってきた。

 

そんな私だからこそ、魔の「プロフェッショナル=それで食えてる」という罠にはまり、

苦しめられたのが、この「食えてる」2年目だった思う。

 

そこで、プロフェッショナルという定義を、「対価」以外の場所に移行する必要が出てくる。

迷った時には、いつも、「言葉」が助けてくれる。

「プロフェッショナル」は、ご存知の通り、英語の「プロフェッション(職業)」という名詞の形容詞形である。

フランス語の[profession]には、「職業」という意味のほかに、「公言、宣言、告白」という意味がある。

これは、動詞の[professer]に由来していて、「公に宣言する」という意味のラテン語からきているらしい。

つまり、「食えてる」から、「プロフェッショナル」なのではなく、

「自分はこれで生きていく」と「公に公言する」ことが、「職業」つまり、「プロフェッショナル」なのではないだろうか。

世の中に向かって、

自分の職業を「公言していくこと」。

簡単なようでなかなか難しい。

 

ただ、漠然と私の30代の「プロフェッショナルの定義」はこれだ、と思っている。

というのも、20代の頃は、努力(労働)に対して、対価が支払われていたものが、(アルバイトもこれに含む)、

30代になり、20代の頃に経験したことや、身につけた技術に対して、

大きな努力(労働)を介することなく、対価が発生することが出てきたからである。

 

「プロフェッショナル=それで食えてる」から脱却して、

もっともっと楽しい30代!

 

IMG_9205.jpg

photo by Shunsuke Nakamura

「効率の良さ」への楽しい抗い方

Q『妖精の問題』、竹中香子”ほぼ”一人芝居、TPAM再演、無事終了しました。

 

去年の9月に、こまばアゴラ劇場で初演を迎えたこの作品なのですが、

まさに、生き地獄。

初演のクリエーション時から、

自分の俳優としての力量不足を感じ、降板することを相談したほど、

まさに、作品を「産み出す」ということに苦しんだ作品だった。

沖縄での滞在制作ということもあり、

稽古と日常の境目がない中、

ひたすら、テキストと向き合う日々。

俳優なのに、台詞が覚えられないということろでつまづいていて、

創作どころではなかった。

 

このブログでも、俳優という職業を、

「才能」以外のものさしで捉えることができないかと、

長年かけて思考してきたが、

追い詰められた私は、

「才能」がないから「できない」というサイクルにどっぷりはまり込んで、

自己嫌悪のなか、

ただただ時間だけが過ぎていった。

その中で、作家であり、演出家である市原さんの、

「私は、香子ちゃんのこと面白いと思ってるよ」という言葉(割と、無理やり言わせた)だけを信じて、

初演を迎えた。

 

そして、今回のTPAM再演。

3部作のうち、全編、歌で構成されている2部を生演奏にするということで、

新たに作曲された膨大な歌が30分。

さらには、観客に直接語りかけるセミナーという形式に降りかかる「字幕」の壁。

再演とは思えない、新たなハードルが高々とそびえる中、

私の心中は、初演と比べると随分と穏やかであったと思う。

 

第一の理由は、

演出家との間に、信頼関係を築けたとこと。

俳優として、演出家の下に従属する立場、

つまり言われたことをやるのではなく、

どちらかというと、演出家の方が、

俳優である私が本番に際し、いかに最良な状態で観客の前に立てるかということを、

第一に考え、寄り添ってくれていたように感じる。

彼女と共に作り上げた「演出」というひとつの「庭」のなかで、

自由に駆け回ったという感覚が非常に印象的である。

賛否両論を誘発する作品であったことは否めないが、

私は、彼女が全身全霊を込めて管理する「庭」に、

常に守られていた。

 

第二の理由は、

非常に効率の悪い自分の創作プロセスに対し、

疑問や不安を感じることがなくなったことである。

予定されていた稽古時間内に、

やりたいことができなかったり、

うまくいかなかったりすると、

「私は不器用で俳優に向いてないんだ」と、

自己否定しがちだったのだが、

今回は、なぜかこの非効率な自分の進度に、

淡々と向き合うことができた。

 

おそらく、ここ1年くらいお世話になっている精神分析の先生に、

「あなたのやっていることは、職人の仕事です。」

と言われたことが転機となったのだと思う。

他のことは、割と器用にこなせるのに、

よりによって、俳優の仕事だけは、

不器用をいかんなく発揮してしまう。

新作に取り組むたびに、

もう今回で本当に終わりだ、と絶望が絶えることはなかった。

しかし、今回は、できないなら、できるまで「練習」しようと思った。

絶望してる暇があったら、いくら時間がかかっても、できるまで「練習」してみようと思った。

「職人」は、何かを創ることが仕事なのだから、

できる、できないを考えて作業をすることはないのだ。

「稽古」でできなかったことは、シンプルにできるようになるまで「練習」する。

ただ、それだけ。

 

この「稽古」と「練習」の二本柱計画は、

私に良好に作用し、

「稽古」は演出家と、

「練習」はひとりで、

創作は進んでいった。

もちろん、「稽古」を仕切るのは、演出家で、

「練習」を仕切るのは、私だ。

そのことにより、「稽古」で、自らの効率の悪さを感じても、

「練習」において、非効率のなかでしか、出会えない発見があり、

効率に抗うことに、一種の快感さえ覚えるようになった。

そして、次の「稽古」で、

演出家は、私の変化に、いつも気づいてくれていたと思う。

 

このような環境を、少しづつ構築していくことができたのも、

ひとえに、演出家が私に「庭」を用意してくれたことに尽きるだろう。

ふたりで、水やりをかかさず、育ててきた「作品」に、

観客が立ち会うことで、

花が咲いたり、

咲かなかったりした。

うまくいかない悔しい回があっても、

「庭」は、狭められることなく、

いつも、私の前に綿綿と広がっていた。

(どうして、ここまで、演出家が俳優に対してリスクをとることができたのかは、今度機会があったら聞いてみたいと思う。)

 

私が、今後、俳優として、

「効率の良さ」を探すことは、もうないだろうと思う。

今回の作品をきっかけに、

非効率に、どっしりと腰をおろし、

先のことは考えず、できるようになるまで永久とも思える時間をかけることが、

もう怖くなくなったから、

それが、何かを創り出すことなんだと思う。

芸術を続けていくということは、

効率を追求することなく、

むしろ、

あえて、

それに抗っていく態度を貫くことなのではないか。

 

Q『妖精の問題』、

作品に立ち会ってくださった皆様に心から感謝を致します。

今後とも、別々の場所で活動を続ける、

Qの市原佐都子さんと私をよろしくお願い致します。

 

P2150931_fixw_640_hq.jpg

アレクサンダー・エクマン「Play」世界初演@パリ・オペラ座ガルニエ宮

2017年舞台芸術ベストワンは年末に観た、アレクサンダー・エクマンの最新作「Play」

https://www.operadeparis.fr/saison-17-18/ballet/play

今回オペラ座が新作を託したのは、なんと33歳のスウェーデン出身の振付家、アレクサンダー・エクマン。年齢に反して、そのキャリアは長く(2006年以降、すでに30作品以上の創作を行っている)、すでに、北欧を中心に毎回旋風を巻き起こしている彼だが、オペラ座の観客には、名前すら聞いたことがないという人たちも多かったようだ。

幕が上がる前に、タイトルバックが幕全体に投影され、一瞬にして、普段の見馴れたオペラ座の雰囲気を払拭する。音楽は、エックマンがすでに何度もコラボレーションをしている作曲家ミカエル・カールソン。オーケストラは、舞台後方に位置するので、ダンサーはオケピットまで張り出した広大なアクトスペースを与えられる。振付家自らが担う舞台美術も洗練されている。白い床に、上空から吊り下げられたいくつもの巨大な白いキューブ。影が細かく計算された照明も、緻密だ。普段着に近いような白い衣装を身につけた36人のダンサーたちが、ダンスの先生役のダンサーの振りをなぞるように、踊っている。

 

 

 

image-1.jpg

©Ann Ray / Opéra National de Paris

 クラシックバレエからは程遠い、モダンダンスとも違う気の抜けたダンスは、奇妙に優美で居心地がよい。ダンサーたちは、それぞれの真剣さで、振り写しを続ける。一人のダンサーがいきなり子供のように駆け出したかと思うと、それに伴い36人全員が走り回り、舞台奥に均等に間を空けて、設置されたいくつもの扉をあけて、退場する。今度は、ひとつの扉から列になって、ダンサーたちが再度はしゃぎながら現れる。パーティーで聞こえてくるような、奇声をあげながら、一人の女性ダンサーを胴上げする。

i_play.jpg

このような、一種の「遊び」の断片が続く。断片は、断片であって、決して、何かを物語ることはなく、ましてや、観客ひとりひとりの子ども時代の「遊び」の記憶を想起させることを強要することもなく、淡々と進む。何よりも、一番楽しんでいるのは、ダンサー自身のように見える。普段は、精神的にも、身体的にも、様々な制約に縛られながら、オペラ・ガルニエの舞台を優美に舞うダンサーたち。彼らの無邪気な一面を垣間見ているというこの特別な時間に、観客たちは、彼らと秘密を共有しているかのような錯覚に陥る。そして、公演序盤で生まれたこの奇妙なコンプリシテは、子どもたちだけの、大人には絶対に言ってはいけない、閉ざされた「秘密基地」的感覚をますます色濃くする作用を担っているように感じられる。

次にあらわれたのは、マイクとトーシューズのダンス。女性ダンサーのステップに合わせて、マイクで床を叩き、音を作り出す男性ダンサー。男性ダンサーの、時に翻弄され、時に、先読みしてしまうタイミングが絶妙。

b_play.jpg

この白いキューブたちは、このあと、何回も形を変えて、登場することになる舞台装置である。

play_5.jpg

©Ann Ray / Opéra National de Paris

突如として、幕から悲鳴にも近い笑い声が聞こえたかと思うと、男女のデュオ

が、笑いが止まらないまま、抱き合ったまま床を転がりながら登場。衣装も、女性ダンサーの部屋着のような黄色いトレーナーに、男性ダンサーの裸体と、親に隠れて、声を押し殺しながら性の目覚めを止めることができない思春期のカップルを想起させる。

このような、シンプルでかつコケットリーをふんだんにちりばめた「遊び」のシーンが連なった第1幕の最後の山場となったシーンは、緑の雨。

fe9bfe33-15d4-4c89-8416-134e2ec8a748-original.jpeg

緑のボールが降り続けるなか、ダンサーたちは、ボールを蹴散らす音を響かせながら踊る、踊る、踊る。この雨は、実に2分以上続くのだが、体感では永遠のように感じられるので、途中で観客は思わず拍手、そして、歓声は、雨が降り止むまで続く。緑色に埋め尽くされた舞台上を駆け回るダンサーたち。ラストは、横一列に並んだダンサーたちが、トンボ(整地用具)を手に、叫びながら、舞台後方から前方に向かって緑のボールを押し出す。これを数回繰り返すと、オケピットは見事に、緑ボールのプールと化す。

そして、幕間。緑のプールを残したまま、いったん幕が閉まる。

DRXnkOeWAAAV9xK.jpg

2幕はこの緑のプールの中で始まる。ダンサーは、膝上まで完全に緑のプールにつかり、足の自由を奪われた状態に余儀なくされる。すべての動きに制限が加わり、前半スムーズに交わされていた、他者との身体的コミュニケーションも一気にぎくしゃくとし始める。まさに、第2幕のイメージは、「遊び」の終焉。第1幕で、ダンサーたちに「遊び」のアイディアと、空間の可能性を際限なく与え続けた優れた舞台装置が、かたちを変えることなく、一気にダンサーたちの体に負荷を与える障害物と化す。それらの制約の中、ダンサーたちは、閉じられた蓋をこじ開けることなく、淡々と美を追求するのである。衣装も、黒を基調とした、クラシックなものに変わり、会社で働く人たちのドレスコードを喚起させる。プログラムに引用されていたエックマンの文章、「考えすぎる者は遊ばなくなり、遊びすぎる者は考えなくなる。」 大人になってからの、人間と「遊び」との関係をうまく言い表した文章である。クリスマス・イブに観劇したためか、終演後は公演でつかった大きなバルーンを観客に投げ込み、観客の心を完全に虜にした緑のボールをガルニエ中の客席にプレゼント。最高のクリスマスプレゼントとなった。