奈良います♪

Takenaka Kyoko web-2010062614150000.jpg

M.M.S.T.のワークショップを受けに、
昨日、東京から車で8時間のって、
奈良の天川村きました。
ここ、パワースポットらしいです。
ご飯当番もしてます◎
最寄り駅から車で1時間の古民家で、
いま、可愛いネズミでました。
これから、12月まで毎月来て作品作ります。
楽しみ!

『王女メディア』

$Takenaka Kyoko web
野外劇場ってすごい!!
いろんな奇跡が起きた!
まず、始まってすこししたら、
舞台上が静かになったときにいきなり、風!
びゅーーー、びゅーって。
そして、下手側の客席の頭上にある木がすごい揺れてた。
どんな、装置よりも効果的。
あとは、メディアの有名なモノローグ、
「ぼうや…」
ってとこで、
阿部一徳さんが、台詞を言い始めたとたん、
急に雨。
観客が一斉に鞄から雨合羽を出す音も、
ざわざわってなる感じも、
私は、一番後ろから観ていて、
ぞくぞくってしました!
あしたは、どんなミラクルが起きるのでしょ?
行きたかったー
http://www.spac.or.jp/10_spring/medea

ワジディ・ムアワッド 『頼むから静かに死んでくれ』

$Takenaka Kyoko web
去年のアビニョン演劇祭のアソシエイトディレクターが来日!
ワジディ・ムアワッド の作品は、連日当日券に4時間待ちとかしてたみたいで、
私は、普通にあきらめてました。
だから、日本で観れて感動!
しかも一番前だった。
思っていたよりも、わかりやすかった。
でも、フランスで爆発的な人気を誇っているのはなぜ??
『頼むから静かに死んでくれ』
作・演出:ワジディ・ムアワッド
6月19日(土)、20日(日)
静岡芸術劇場
レバノンに生まれ、フランスとケベックで活躍し、若者たちから絶大な支持を受けるムアワッドの代表作を日本で初紹介!
父の終の住みかを求めて、父の祖国へと向かう青年。混乱と痛みに満ちた出会いの中で自分の来た道を見つめ直す、壮絶なイニシエーションの旅路。

Shizuoka春の芸術祭2010

Takenaka Kyoko web-2010061914140000.jpg

静岡来ましたー。
東京から無料バスがでてるのですが、すでにいっぱいで予約できなかったので、
鈍行で来てみました。真鶴あたりから、海とか見えて、予想以上に綺麗◎
東京から約3時間。
たまには、いいかも♪

『BOX 袴田事件 命とは』そして狭山事件

$Takenaka Kyoko web
『禅 ZEN』『光の雨』などで有名な高橋伴名監督の『BOX 袴田事件 命とは』を、銀座の高架下の映画館シネパトスで見ました。
1966年、実際に起きた袴田事件をもとに、作られた映画です。
ストーリー:昭和41年、放火された静岡県清水市の味噌工場から、刺殺された一家4人が焼死体で見つかるという事件が起きる。立松刑事(石橋凌)は元プロボクサーの従業員袴田(新井浩文)に目を付け、容疑者として逮捕するが物証はとぼしかった。裁判官として静岡地方裁判所に赴任した熊本(萩原聖人)は、主任判事としてこの事件を担当することになる。
http://www.box-hakamadacase.com/

いま、現在も袴田さんは再審請求をしていて出口の、フライヤーとかがたくさんおいてあるラックのところに、署名のための用紙とかも、おいてあってかなり考えさせられました。
映画としては、ちょっと、ん?って思うところもあったけど、
アートがこんなふうに社会と人をつなぐツールになってるっていう意味では、
すごく袴田事件について、わかったし、
あらためて正義とされる存在の暴力性を怖いと思いました。
見終わった後に、高校の時勉強した『狭山事件』を思い出しました。
出身校が、埼玉だったのと社会の先生が凄く熱心だったのとで、
実際に狭山市に行って、石川さん本人と奥様にお会いして、
お話を伺いました。
こういうことって、まず多くの人が事実を知る事からしか何も始まらないから、
この映画にも、狭山に連れてってくれた先生にも感謝したいと思いました。
部落差別が生んだえん罪 狭山事件
 いまから37年前の1963年5月1日、埼玉県狭山市で女子高校生が行方不明になり、脅迫状がとどけられるという事件がおきました。警察は身代金を取りにあらわれた犯人を40人もの警官が張り込みながら取り逃がしてしまいました。女子高校生は遺体となって発見され、警察の大失敗に世論の非難が集中しました。
 捜査にいきづまった警察は、付近の被差別部落に見込み捜査を集中し、なんら証拠もないまま石川一雄さん(当時24歳)を別件逮捕し、1カ月にわたり警察の留置場(代用監獄)で取り調べ、ウソの自白をさせて、犯人にでっちあげたのです。地域の住民の「あんなことをするのは部落民にちがいない」という差別意識やマスコミの差別報道のなかでエン罪が生み出されてしまったのです。
 一審は死刑判決、二審は無期懲役判決で1977年に無期懲役判決が確定し、石川さんはただちに再審請求を申し立てました。第一次再審請求はまったく事実調べもなく棄却。1986年8月に第二次再審請求を東京高裁に申し立てるとともに、すべての証拠の開示と事実調べをおこなうよう東京高裁、東京高検にたいして求めてきました。
 しかしながら、1999年7月9日、東京高裁・高木裁判長は事実調べも行なわないままに、抜き打ち的に再審請求を棄却しました。この不当な棄却決定に対し、7月12日、弁護団は直ちに東京高裁に異議申立をおこない、現在に至っています。
http://www.bll.gr.jp/sayama/

実際,冤罪とかにあったら、もう人間なんて全員信じられなくなるだろうと、思っていたのですが、
石川さんは凄く熱心にわたしたちに話をしてくれて、
人って結局どんなにひとに裏切られても、
人と生きてくしか無いんだって、おもって悲しくなりました。
裁判のあり方とか、警察のあり方とか、考えなきゃいけない問題は山済みだけど、
おなじ人間間でおこっているという事が、
一番ぞっとする。
$Takenaka Kyoko web