ロルフィング 10セッション 終了

昨日ロルフィング全行程が終了しました。
終了後、半年間は体の変化が続くと言われています。
劇的な変化はありませんが、絶対的に言えるのはひとつの身体をわたしが「もっている」って感覚ができたことかな。
大切な物を、所有してる感じ。
だから、なにかふだんと違う感覚とかがおきたとき、すぐ意識を傾けたくなります。
たとえば、サンダルとかはいててバランスくずしたときとか。
あとは、自分の後ろにも空間があるってことを実感しました。
当たり前のことだけど。
わたしは、集中するときおでこと目ですべてを感知しようとしてた気がします。あと、緊張してるときとか。
よく、上目遣いを指摘されてたし。
でも、自分の背後の空間を意識することで、なぜかすとんと、いい場所に落ち着いてる感じで、楽になったような気がします。
これからも、身体の変化が楽しみです。
いままで、アーティスト=不健康 的な無駄な憧れをもっていましたが、これからは、自信をもって健康を誇りたいと思います(笑)
ちなみに2年半、風邪ひいてません!!

桐野夏生『ファイヤーボール・ブルース』

女子プロレス界のはなし。
あとがきで、桐野さんは、
女にも荒ぶる魂がある、まず、そのことをわかっていただきたい。
と書いている。
主人公火渡のイメージになっているのは、プロレスラーの神取忍選手。
男よりも男らしく、女よりも美しいと、かかれています。
『新しいジェンダー』だと。
一時、男女平等傾向がたかまったけど、やっぱり女にも男にも、性別を超越した人っていうのは、いるわけで、
女性として、ジェンダーフリーを訴える前に、まず、その域を目指したいと思いました。

黒澤明『羅生門』

Takenaka Kyoko web
映画は、普段ドキュメンタリー以外めったにみないのですが、
最高にクールでした。
クールとか、今時使わないよって感じですが、なんだか、クールって言葉が合うかんじ。
そもそも、『薮の中』がすごくすきで、みてみたのですが、
『薮の中』に負けず劣らず、イケイケだった。
最近、小説とかでも、いろんな人が一つの物事を語ってるっていうタイプの形式が多いですよね。
やっぱり、集団としての意識より、個人としての感覚を重視して、
価値観の多様化が素晴らしい!という社会の傾向もあるのでしょうか?
『薮の中』の場合は、多様性とは違うと、思います。
みんな、たしかにいってることは、違うけど、
人間の本質みたいな部分は、みんな共通していると思う。
えげつなくて、必死。
調子にのって、おどおどしてのくりかえし。
でも、『羅生門』の終わり方と、一緒でやっぱり、
人間って捨てたもんじゃない、と。
あそこまで、グロいのに、最後はそういう終わり方にしてくれる、
黒澤監督のことを、同じ人間として、心から信用できると思いました。
それにしても、妻役の京マチ子さん、
綺麗だったな。
妖艶って、こういう人のこというんだなと思いました。
ここまで彼女が、印象に残ってるということは、
やっぱり、『羅生門』は、『女』についての話だったのかな??

さとうさくら『スイッチ』

Takenaka Kyoko web
完全に、表紙にみとれて購入しました。
この作品で、第1回日本ラブストーリー大賞審査員絶賛賞を受賞したそうです。
ストーリー
主人公苫子はフリーターで、処女。他人と上手くコミュニケーションをとることができず、簡単なバイトさえもクビになる始末。嫌なことがあるたびに、自分の首の後ろを押す。彼女のイメージの中では、そこに人間を消すことができるスイッチがあって、そこを押せば自分は消えていなくなることができるのだ。そんな彼女がバイトを変えたことで、いろいろな人に出会う。みなどこかズレていて、アンバランスな人ばかり。最初は何となく距離を置いていた苫子と彼らだが、徐々に近づき、お互いに影響しあう。といっても、劇的な何かが起こるわけではなく、あくまでも消極的に、静かに、ジンワリと変化はやってくる。物語の最後、苫子は処女ではなくなり、サル男という好きな男もできた。周りの人とも自分から連絡を取り、すべてが上手くいかなくても、繋がりを自分から保とうとする。変化はそれだけ。だが、苫子にとっての世界は大きく変わりはじめていた。

パンチ、きいてました。
村上春樹以降の、やわらかい日常的な文体ではあるんだけど、
かなりぞっとさせられました。
そもそも、主人公の設定が26歳処女って。
しかも、どうやら、わりときれいなひとみたいで。
処女とか、彼氏がいないとかすごく個人的なコンプレックスと、フリーターとか社会的なコンプレックスとどう違うんだろう?と思いました。
若いときって、コンプレックスっていっても、単純にいいときわるいときみたいな波があるけど、
年齢を重ねるにつれて、その波の幅がゆるくなってくるんだろうなって、
思って、ちょっと怖くなった。。
悪いときからまた、いいときになるまでのスパンが長いというか。
かといって、この苫子もそうだけど、人とかかわらなかったらそもそもコンプレックスなんて生まれないだろうな。
すごく楽かも。
それでも、今日も、いろんな人と会う。