俳優のための「労働と対価」入門

よく、なんの仕事してるのかと聞かれて、

「演劇やってます」とか、「絵描いてます」とか、「音楽やってます」とか答えると、

真っ先に、「それで食えてるのか?」という、声にならない声が聞こえてくる、

というのは、20代後半以降のアーティストなら、必ず経験したことのある瞬間であろう。

 

正直、私は、20代の長い長い回り道のおかげで、

現在、奇跡的に、俳優という職業だけで、「食えて」いる。

それは、フランスという場所を拠点にしているという理由が半分と、

もう半分は、私が引き寄せている強運によるものだと思っている。

なぜなら、フランス人の中にも、もちろん「食えない」俳優は存在するわけで、

当たり前のことだが、芸術大国フランスも、すべての俳優の生活を保証できるほど、余裕があるというわけではないのである。

 

私が、俳優として「食える」ようになって、もうすぐ2年が経とうとしているのだが、

1年くらい経ったあたりから、

どうやら、「プロフェッショナル=それで食えてる」という、

一見、社会に対して超説得力のある図式が、罠であるらしいと気づき始めた。

俳優、もしくは、アーティストという職業に、この図式をあてはめることは、

実に、ナンセンスなことなのである。

 

なにしろ、労働に対する対価というものは、

社会の基準によって、決められたものであり、

芸術の世界では、対価に合わせて、労働するということが、ほとんど不可能なのである。

これは、どういうことかというと、

例えば、ある工場で、1時間に、ある製品を100個生産することができる人と、50個しか生産することができない人がいたとする。

この場合、労働効率に合わせて、

100個生産することができる人には、時給1000円の対価、

50個しか生産することができない人には、時給500円の対価、と差をつけることは可能かもしれない。

しかし、芸術の場合、1000円の対価と、500円の対価の場合で、

作品への「エネルギー」を変えることはできない。

つまり、俳優が、月3万の仕事と、月50万の仕事によって、

創作への熱量、はたまた、演技を変えてしまったら大変見苦しいことである。

 

しかし、俳優も人間なので、

月3万の仕事と、月50万の仕事によって、シンプルに「モチベーション」が左右されることは、やむを得ないことであろう。

実際、私自身も、労働量と対価が、明らかに釣り合っていない現場で、

どんなに素晴らしい作品だったとしても、これでは生きていけないと、パニックに陥ったこともあった。

そもそも、俳優とアーティストの決定的な違いは、

関わる仕事すべてが、やりたい仕事とは限らないという点である。

自分とは、異なる世界観をもつ演出家の作品であっても、

その中で、演出家との交渉の中で、求められているものと自分のやりたいことのバランスを取っていくことが仕事だと思っている。

だからこそ、他のアーティストよりもさらに、「対価」に左右されがちなのである。

 

その上で、芸術という形態の性質上、

対価に合わせて、「手を抜く」ということが、もともと不可能なのだから、

「追求する質」に「対価」を関与させないということが重要である。

もっと、わかりやすく言ってしまえば、

追求する質を生み出すことにかかる「時間」に「対価」を一切関与させるべきではない。

 

そもそも、私は、大学生のとき、「アルバイト」という立場では、本当に役に立たない人間で、

どんなに演劇が好きでも、「アルバイト」をしながら、成長していくことは、

自分には無理だと見切りをつけ、

「アルバイト」をなんとかしないで演劇を続けることのできる場所を模索し、

逆に「アルバイト」以外の苦労は、すべて受けて立ってきた。

 

そんな私だからこそ、魔の「プロフェッショナル=それで食えてる」という罠にはまり、

苦しめられたのが、この「食えてる」2年目だった思う。

 

そこで、プロフェッショナルという定義を、「対価」以外の場所に移行する必要が出てくる。

迷った時には、いつも、「言葉」が助けてくれる。

「プロフェッショナル」は、ご存知の通り、英語の「プロフェッション(職業)」という名詞の形容詞形である。

フランス語の[profession]には、「職業」という意味のほかに、「公言、宣言、告白」という意味がある。

これは、動詞の[professer]に由来していて、「公に宣言する」という意味のラテン語からきているらしい。

つまり、「食えてる」から、「プロフェッショナル」なのではなく、

「自分はこれで生きていく」と「公に公言する」ことが、「職業」つまり、「プロフェッショナル」なのではないだろうか。

世の中に向かって、

自分の職業を「公言していくこと」。

簡単なようでなかなか難しい。

 

ただ、漠然と私の30代の「プロフェッショナルの定義」はこれだ、と思っている。

というのも、20代の頃は、努力(労働)に対して、対価が支払われていたものが、(アルバイトもこれに含む)、

30代になり、20代の頃に経験したことや、身につけた技術に対して、

大きな努力(労働)を介することなく、対価が発生することが出てきたからである。

 

「プロフェッショナル=それで食えてる」から脱却して、

もっともっと楽しい30代!

 

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photo by Shunsuke Nakamura

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「効率の良さ」への楽しい抗い方

Q『妖精の問題』、竹中香子”ほぼ”一人芝居、TPAM再演、無事終了しました。

 

去年の9月に、こまばアゴラ劇場で初演を迎えたこの作品なのですが、

まさに、生き地獄。

初演のクリエーション時から、

自分の俳優としての力量不足を感じ、降板することを相談したほど、

まさに、作品を「産み出す」ということに苦しんだ作品だった。

沖縄での滞在制作ということもあり、

稽古と日常の境目がない中、

ひたすら、テキストと向き合う日々。

俳優なのに、台詞が覚えられないということろでつまづいていて、

創作どころではなかった。

 

このブログでも、俳優という職業を、

「才能」以外のものさしで捉えることができないかと、

長年かけて思考してきたが、

追い詰められた私は、

「才能」がないから「できない」というサイクルにどっぷりはまり込んで、

自己嫌悪のなか、

ただただ時間だけが過ぎていった。

その中で、作家であり、演出家である市原さんの、

「私は、香子ちゃんのこと面白いと思ってるよ」という言葉(割と、無理やり言わせた)だけを信じて、

初演を迎えた。

 

そして、今回のTPAM再演。

3部作のうち、全編、歌で構成されている2部を生演奏にするということで、

新たに作曲された膨大な歌が30分。

さらには、観客に直接語りかけるセミナーという形式に降りかかる「字幕」の壁。

再演とは思えない、新たなハードルが高々とそびえる中、

私の心中は、初演と比べると随分と穏やかであったと思う。

 

第一の理由は、

演出家との間に、信頼関係を築けたとこと。

俳優として、演出家の下に従属する立場、

つまり言われたことをやるのではなく、

どちらかというと、演出家の方が、

俳優である私が本番に際し、いかに最良な状態で観客の前に立てるかということを、

第一に考え、寄り添ってくれていたように感じる。

彼女と共に作り上げた「演出」というひとつの「庭」のなかで、

自由に駆け回ったという感覚が非常に印象的である。

賛否両論を誘発する作品であったことは否めないが、

私は、彼女が全身全霊を込めて管理する「庭」に、

常に守られていた。

 

第二の理由は、

非常に効率の悪い自分の創作プロセスに対し、

疑問や不安を感じることがなくなったことである。

予定されていた稽古時間内に、

やりたいことができなかったり、

うまくいかなかったりすると、

「私は不器用で俳優に向いてないんだ」と、

自己否定しがちだったのだが、

今回は、なぜかこの非効率な自分の進度に、

淡々と向き合うことができた。

 

おそらく、ここ1年くらいお世話になっている精神分析の先生に、

「あなたのやっていることは、職人の仕事です。」

と言われたことが転機となったのだと思う。

他のことは、割と器用にこなせるのに、

よりによって、俳優の仕事だけは、

不器用をいかんなく発揮してしまう。

新作に取り組むたびに、

もう今回で本当に終わりだ、と絶望が絶えることはなかった。

しかし、今回は、できないなら、できるまで「練習」しようと思った。

絶望してる暇があったら、いくら時間がかかっても、できるまで「練習」してみようと思った。

「職人」は、何かを創ることが仕事なのだから、

できる、できないを考えて作業をすることはないのだ。

「稽古」でできなかったことは、シンプルにできるようになるまで「練習」する。

ただ、それだけ。

 

この「稽古」と「練習」の二本柱計画は、

私に良好に作用し、

「稽古」は演出家と、

「練習」はひとりで、

創作は進んでいった。

もちろん、「稽古」を仕切るのは、演出家で、

「練習」を仕切るのは、私だ。

そのことにより、「稽古」で、自らの効率の悪さを感じても、

「練習」において、非効率のなかでしか、出会えない発見があり、

効率に抗うことに、一種の快感さえ覚えるようになった。

そして、次の「稽古」で、

演出家は、私の変化に、いつも気づいてくれていたと思う。

 

このような環境を、少しづつ構築していくことができたのも、

ひとえに、演出家が私に「庭」を用意してくれたことに尽きるだろう。

ふたりで、水やりをかかさず、育ててきた「作品」に、

観客が立ち会うことで、

花が咲いたり、

咲かなかったりした。

うまくいかない悔しい回があっても、

「庭」は、狭められることなく、

いつも、私の前に綿綿と広がっていた。

(どうして、ここまで、演出家が俳優に対してリスクをとることができたのかは、今度機会があったら聞いてみたいと思う。)

 

私が、今後、俳優として、

「効率の良さ」を探すことは、もうないだろうと思う。

今回の作品をきっかけに、

非効率に、どっしりと腰をおろし、

先のことは考えず、できるようになるまで永久とも思える時間をかけることが、

もう怖くなくなったから、

それが、何かを創り出すことなんだと思う。

芸術を続けていくということは、

効率を追求することなく、

むしろ、

あえて、

それに抗っていく態度を貫くことなのではないか。

 

Q『妖精の問題』、

作品に立ち会ってくださった皆様に心から感謝を致します。

今後とも、別々の場所で活動を続ける、

Qの市原佐都子さんと私をよろしくお願い致します。

 

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アレクサンダー・エクマン「Play」世界初演@パリ・オペラ座ガルニエ宮

2017年舞台芸術ベストワンは年末に観た、アレクサンダー・エクマンの最新作「Play」

https://www.operadeparis.fr/saison-17-18/ballet/play

今回オペラ座が新作を託したのは、なんと33歳のスウェーデン出身の振付家、アレクサンダー・エクマン。年齢に反して、そのキャリアは長く(2006年以降、すでに30作品以上の創作を行っている)、すでに、北欧を中心に毎回旋風を巻き起こしている彼だが、オペラ座の観客には、名前すら聞いたことがないという人たちも多かったようだ。

幕が上がる前に、タイトルバックが幕全体に投影され、一瞬にして、普段の見馴れたオペラ座の雰囲気を払拭する。音楽は、エックマンがすでに何度もコラボレーションをしている作曲家ミカエル・カールソン。オーケストラは、舞台後方に位置するので、ダンサーはオケピットまで張り出した広大なアクトスペースを与えられる。振付家自らが担う舞台美術も洗練されている。白い床に、上空から吊り下げられたいくつもの巨大な白いキューブ。影が細かく計算された照明も、緻密だ。普段着に近いような白い衣装を身につけた36人のダンサーたちが、ダンスの先生役のダンサーの振りをなぞるように、踊っている。

 

 

 

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©Ann Ray / Opéra National de Paris

 クラシックバレエからは程遠い、モダンダンスとも違う気の抜けたダンスは、奇妙に優美で居心地がよい。ダンサーたちは、それぞれの真剣さで、振り写しを続ける。一人のダンサーがいきなり子供のように駆け出したかと思うと、それに伴い36人全員が走り回り、舞台奥に均等に間を空けて、設置されたいくつもの扉をあけて、退場する。今度は、ひとつの扉から列になって、ダンサーたちが再度はしゃぎながら現れる。パーティーで聞こえてくるような、奇声をあげながら、一人の女性ダンサーを胴上げする。

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このような、一種の「遊び」の断片が続く。断片は、断片であって、決して、何かを物語ることはなく、ましてや、観客ひとりひとりの子ども時代の「遊び」の記憶を想起させることを強要することもなく、淡々と進む。何よりも、一番楽しんでいるのは、ダンサー自身のように見える。普段は、精神的にも、身体的にも、様々な制約に縛られながら、オペラ・ガルニエの舞台を優美に舞うダンサーたち。彼らの無邪気な一面を垣間見ているというこの特別な時間に、観客たちは、彼らと秘密を共有しているかのような錯覚に陥る。そして、公演序盤で生まれたこの奇妙なコンプリシテは、子どもたちだけの、大人には絶対に言ってはいけない、閉ざされた「秘密基地」的感覚をますます色濃くする作用を担っているように感じられる。

次にあらわれたのは、マイクとトーシューズのダンス。女性ダンサーのステップに合わせて、マイクで床を叩き、音を作り出す男性ダンサー。男性ダンサーの、時に翻弄され、時に、先読みしてしまうタイミングが絶妙。

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この白いキューブたちは、このあと、何回も形を変えて、登場することになる舞台装置である。

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©Ann Ray / Opéra National de Paris

突如として、幕から悲鳴にも近い笑い声が聞こえたかと思うと、男女のデュオ

が、笑いが止まらないまま、抱き合ったまま床を転がりながら登場。衣装も、女性ダンサーの部屋着のような黄色いトレーナーに、男性ダンサーの裸体と、親に隠れて、声を押し殺しながら性の目覚めを止めることができない思春期のカップルを想起させる。

このような、シンプルでかつコケットリーをふんだんにちりばめた「遊び」のシーンが連なった第1幕の最後の山場となったシーンは、緑の雨。

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緑のボールが降り続けるなか、ダンサーたちは、ボールを蹴散らす音を響かせながら踊る、踊る、踊る。この雨は、実に2分以上続くのだが、体感では永遠のように感じられるので、途中で観客は思わず拍手、そして、歓声は、雨が降り止むまで続く。緑色に埋め尽くされた舞台上を駆け回るダンサーたち。ラストは、横一列に並んだダンサーたちが、トンボ(整地用具)を手に、叫びながら、舞台後方から前方に向かって緑のボールを押し出す。これを数回繰り返すと、オケピットは見事に、緑ボールのプールと化す。

そして、幕間。緑のプールを残したまま、いったん幕が閉まる。

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2幕はこの緑のプールの中で始まる。ダンサーは、膝上まで完全に緑のプールにつかり、足の自由を奪われた状態に余儀なくされる。すべての動きに制限が加わり、前半スムーズに交わされていた、他者との身体的コミュニケーションも一気にぎくしゃくとし始める。まさに、第2幕のイメージは、「遊び」の終焉。第1幕で、ダンサーたちに「遊び」のアイディアと、空間の可能性を際限なく与え続けた優れた舞台装置が、かたちを変えることなく、一気にダンサーたちの体に負荷を与える障害物と化す。それらの制約の中、ダンサーたちは、閉じられた蓋をこじ開けることなく、淡々と美を追求するのである。衣装も、黒を基調とした、クラシックなものに変わり、会社で働く人たちのドレスコードを喚起させる。プログラムに引用されていたエックマンの文章、「考えすぎる者は遊ばなくなり、遊びすぎる者は考えなくなる。」 大人になってからの、人間と「遊び」との関係をうまく言い表した文章である。クリスマス・イブに観劇したためか、終演後は公演でつかった大きなバルーンを観客に投げ込み、観客の心を完全に虜にした緑のボールをガルニエ中の客席にプレゼント。最高のクリスマスプレゼントとなった。

どうしたら舞台に立つことが怖くなくなるの?

去年、学校を卒業してから、初めて関わったプロとしての仕事、

Guillaume Vincent の『Songes et Métamorphoses』が千秋楽を迎えた。

公演回数はなんと70回!

ギヨームの作品に出会ったのは5年前。

アビニョン演劇祭で、親友のフランス人に、香子は絶対に好きだと思う!と言われて、

観に行ったことがきっかけだった。

それから、まさに、その作品に恋に落ちて、

パリでの公演にもさらに2度劇場に足を運んだ。

同じ作品を2回以上観たのは、

人生で初めてのこと。

その作品に出ていた女優が素晴らしくて、目が離せなかった。

そして、そのすぐ後に待ち受けていたのが、怒涛の国立演劇学校受験戦争。

私は、年齢制限ギリギリの25歳で、パリの国立高等演劇学校(ESAD)とモンペリエの国立演劇学校(ENSAD)に合格し、

どちらの学校を選ぶか猛烈に悩んでいた。

その時、私が、ギヨームのファンだと知っていた、モンペリエのディレクターが、

モンペリエに来れば、ギヨームのワークショップを受けられるよ、と耳打ちした。

それは、もうパリを離れるしかないと思い、意を決して、ようやく慣れたばかりのパリを離れて南仏に向かった。

入学から、半年後。

待ちに待ったギヨームとのワークショップ。

まさに夢の5日間。

https://mill-co-run.com/2014/02/10/幸せで、ゴメンナサイ%E3%80%82/

 

その1年後、まさかのオファーが来た。

やりたい仕事ほど、ストレスを感じることはない。

クリエーション時のストレスは、おなら事件にまで発展した。

https://mill-co-run.com/2016/10/04/おなら事件と24時間強制腹式呼吸/

 

舞台に立つことへの恐怖は、

舞台に立ち続けることで、消えていくのだと思っていたけれど、

どうやらそうでもないらしいことが最近わかってきた。

経験豊富な俳優に聞くと、

緊張しない人は最初から、緊張しないし、

緊張する人は死ぬまで緊張する、

とのこと。

どうやら、私は、完全なる後者なようだ。

ということは、この「恐怖」との付き合い方を模索する必要がある。

 

言ってしまうと、

当たり前のことだが、

日本語で演じるより、フランス語で演じる方が緊張する。

5年間、日本語で演じる機会がなかったので、日本語で演じる感覚を完全に忘れていたのだが、

今年の夏に、日本での出演を経て、

フランスに戻ったら、明らか、恐怖の度合いが増加していた。

フランス語でやることで、すでに、台詞との関係において、ハンディキャップを持っているのだから、

それに加えて、精神面においても、マイナスを背負ってしまうのであれば、

フランス語で演じることは、はっきり言ってやめた方がいいと思う。

語学教室ではないので、フランス語で演じることによって、俳優として、なにかしらのプラスの面がないと、

正直、私の未来はない。

 

いや、やはり、フランス語、日本語に関係なく、

怖いものは、怖い。

 

そもそも、演劇とは、稽古の期間に、

新たな思考と身体を、自分の中にデザインしていく作業である。

構築された思考(台詞も含む)は、情報量によって、保たれるので、

情報量が少なくなることで、

思考の断絶が生じる可能性が増えてしまうのだ。

私は、そもそもドイツ系(ブレヒト的な)の演技タイプを好む俳優なので、

「役に入り込む」とかそういう思想には、一切興味がないのだが、

最近、「恐怖」と戦うために、

ちょっと試している感覚が、

「空間に入り込む」というものである。

「役に入り込む」と、自分の内部に意識が集中してしまい、

周りが見えなくなってしまう恐れがあるのだが、

「空間に入り込む」ことで、外部からのフィクションとしての情報量があがり、

俗にいう「第四の壁」を建設せずして、稽古で作り上げてきた思考の断絶を防ぐことができる。

もしくは、その「空間」の中で、新しいものを生産することもできるのではないだろうか。

 

それにしても、この「恐怖」との戦いは、長丁場になることが予想される。

そもそも、俳優にとっての「恐怖」というものは、

人間にとっての食事と同じくらい身近なものなのだから、

俳優は、もっと「恐怖」を語る権利があると思う。

そして、救いなのは、いい俳優たちのなかにも、

毎回毎回、尋常ではない「恐怖」を抱えている俳優は存在するということ。

 

つまり、重要なのは、

緊張を克服することではなく、

緊張のお世話をしてあげること。

 

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千秋楽前の最後のマイクチェック。

人の話は、「聴いて」から、「聞く」

先日、30歳になりました。

20代の後半は、長い間、どのようにしたら人生における「軽さ」を得ることができるのかということをずっと考えてきて、

30歳の今、一番興味があることは、

他者との「違い (differance)」を、いかに「多様 (diversity)」と捉えられかということ。

簡単にいってしまうと、

私とAさん、二人の間の「違い」は、

3人目のBさんが入ってきた途端に、

私とAさんとBさんの「多様」として捉えることができるということ。

日本のような単一民族国家にいると、これはよりいっそう捉えにくい感覚だと思うのだが、

フランスのような多民族国家にいても、端的にしか、他者との違いを「違い」としてしか捉えられない場合が多い。

例えば、恋人と一対一の関係にあったとして、

その恋人を他者として捉えた時に生じるものを、

「違い」と捉えるか、あえて、「多様」と捉えるかで付き合い方が非常に変わってくる。

ふたりの関係においても、「多様」を認められるということは、

単純に「主体」が変わってくるということ。

「違い」をフィーチャーする限り、主体は「私」である。

ただ、「多様」の主体に、「私」はなることができない。

「多様」における「私」は、あくまでも、複数の中のひとりにすぎないのだ。

 

そんなことを考えながら、誕生日を迎えた私に、空から降ってきたようなプレゼントは、

2015年に初演を迎えた、ジェローム・ベルの『GALA』

https://www.theatredurondpoint.fr/spectacle/gala/

 

アマチュアからプロのダンサーまで、様々な性別、年齢、身体を持つ出演者で構成されるこの作品、

なんと、2018年1月、地元埼玉で上演されるようです。

 

ジェローム・ベル 『Galaーガラ』@彩の国さいたま芸術劇場

彼らの脅威の存在感とパフォーマンスは、

プロの俳優にとっても、「大事件」になること間違いなし。

まさに、他者との「違い」を、頭ではなく、経験として、

「多様」と捉えることのできる、恐ろしいほどに秀逸な作品。

 

20代は、アクセル全開。

いろんな人に出会って、いろんなものに出会って、

失敗しても、原因追究にかける時間もないまま、

また突っ走って、失敗した。

例えば、他者と分かり合えないときに、

すぐに、話し合うこと、

自分の意見を伝えることが、正義だと思って生きてきて、

ただ、ここにきて、

この自分の信じてきた「正義」に対して、行き詰まりを感じていた。

 

そこで、30代は、「ブレーキ」の機能を持ってることを思い出す。

他者との「違い」を「多様」と捉えるとはどういうことか。

それは、主体を「自分」ではなく、「他者」おくこと。

いったん、ブレーキを踏んで、

相手の環境、状況、そして、価値観に心を傾けてから、

相手の意見を聞く。

昔、小学校の先生が、人の話は、耳ではなく、心で聞け、と言っていたのを思い出す。

それは、「違い」を「多様」に置き換える作業だったのかと思う。

人の意見を、ちゃんと聞くための準備。

その準備をするために、そっとブレーキを踏む。

 

人の話は、「聴いて」から、「聞く」

 

「違い」を認めることは、なかなか難しい。

でも、「多様」となれば、認めないわけにはいかない。

なぜなら、その中に、自分も含まれるのだから。

 

30歳の貫禄が、全くみられない私。

お誕生日のメッセージありがとうございました。

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