地獄の1週間を経て、勝利!

先週、受験に落ちてから、
絶望と、屈辱と、卑屈の境地にいても、
なんだかんだ、学期末のイベントがたくさんで、
絶望と、屈辱と、卑屈を抱えつつも、
充実してしまう、
自分の人生が悔しかったり、
その軽さに耐えられなかったりしながら、
生きています。
地獄の18日の翌日19日は、
私がフランスに来て、初めて取り組んだ作品の公演。
9月から10ヶ月かけてあたためてきました。
23日には、コンセルバトワールの最後の公演で、
チェーホフの『ワーニャおじさん』のワンシーンを発表しました。
公演後に、今まで私がフランスに来てから、
コンセルバトワール外で、
出演して来た作品が3本あるのですが、
そのすべてをたまたま観ていた人に出会いました。
彼とバーで飲んでいて、
「君の演劇が好きだから言うけど、
正直、こんなに、舞台上だと、
何いってるかわかんないことある。」
と言われました。
わかってはいたけど、
ここまではっきり言われたことはなかったので、
ショック…
やっぱり、普段普通に話すときは、
発音も悪くない方だと思うのですが、
舞台上で、熱くなると、
やっぱり、演技にテキストが負けてしまうらしい。
そこで、昨日、
コンセルバトワール・レイヨンヌモン(高等コンセルバトワールの一段階下に位置する)
の受験があったのですが、
今までさんざん稽古してきたシーンをすべてゼロに戻してみました。
とにかく、言葉をしゃべる。
頭に、イメージが浮かばない言葉は、
一切しゃべらないくらいの勢いで、
どんな簡単な単語も、
咀嚼して咀嚼して、
咀嚼しまくりました。
いままで、シーンや、人物の雰囲気で、
演じてしまっていたことが、
残念ながら、発覚してしまったので、
大改革。
試験当日、
試験官の先生方、5人中4人が知り合いで、びっくり。
いままでの私の公演を観ていてくれていた人たちだったので、
かなり和やかな雰囲気のまま、
落ち着いて、正確に出来ました。
自分的にも、
一緒に受験してくれたパートナー2人的にも、
限りなくいい感じだったので、
結果前に、
調子に乗って、
近くのバーでボトルを注文しました。
これは、フランスのコンセルバトワール受験の暗黙の了解で、
試験後には、
今まで稽古につき合ってくれたパートナーをねぎらい、
受験生が、おごります。
今日の、午後、
いろんな人から私の合格を知らせる電話が!!
なにしろ、
私にとっては、
来年度のフランス滞在がかかっていたので、
みんなも、
「合格したよ!」ではなく、
「香子ちゃん、フランスいられるよ!!!」と、報告(笑)
絶望と、屈辱と、卑屈からの抜け出し方。
単純に、
自分を喜ばしてあげられるように、
導いてあげる。
いい思いをさせてあげる。
こっちも、悪くないかって思わせてあげる。
自分に一番、
何かしてあげられる人、
何かしてくれる人、
たぶん、
自分!
こんな強気なことを言っていますが、
とにかく落ちるとこまで落ちていたので、
傷心に、週末はわざわざ海に行きました。
海がピンクでした。
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パリジャンの避暑地、ドーヴィル(DEAUVILLE)
パリから電車で2時間半でいけます。

個人的な「不幸」のご報告

今日、私の第一志望だった学校に落ちました。
私は、コンセルバトワールにいて、
明日の公演のリハーサル中に、一緒に受けた友達2人が受かったことにより、
自分が落ちたことがわかって、
その瞬間から、
日本に帰るとか、
私には、才能がないとか、
ありきたりのことを言いながら、
一目も気にせず2時間泣き続けました。
2010年の11月に、
新宿のルミネ1のスタバで、
フランスで演劇関係の仕事をしている友達に、
TNBの学校の話を聞きました。
家に帰って、
学校のサイトで受験要項などをみつけても、
フランス語がほぼ読めなかったので、
全く意味が分からなかったのに、
直感で、ものすごく行きたいと思って、
その半年後に、
3年に1度しかない2012年のTNBの受験に向けて渡仏しました。
そんな私にとっては「すべて」だった学校に落ちて、
2次試験までいっていただけに、
悔しくて、
虚しくて、
惨めで、
もう、このままフランスにいてもしょうがないと思って、
パニックになりました。
みんな、私の泣きっぷりに、
動揺して、
ありとあらゆる手段を使って、
慰めようとしてくれたのですが、
わたしは、もはや、まばたきの仕方とかが、
わからなくなるほど、
泣きました。
トイレに行ったら、
自分の顔があまりにもひどくて、
笑ってしまって、
ちょっとだけ冷静になりました。
学校のあと、
私のパートナーであり、
一番の同志である、
3次試験に進めた2人と、
私の3人で、
飲みに行きました。
2人に、
香子ちゃんは、日常も派手だから、
落ち込むときも、派手で、
あまり心配していなかった、
といわれて、
思わず笑ってしまいました。
24歳にもなって、
10代の子たちを前に、
2時間泣き続け、
なぐさめられている私って、
もはや、幸せだな、とか思えてきて、
やっぱり、笑ってしまいました。
2人が受かって、私だけ落ちたこと、
心から悔しいし、嫉妬するし、
でも、心から誇りに思います。
どんなに皆から、
なぐさめられたり、褒められたり、するより、
やっぱり、
今まで一緒に戦って来た同志に、
「香子ちゃんのことは、
何も心配してないよ。
たぶん、夜になったら、
もう明日の台詞の確認してるよ、きっと。」
って、言われたら、
一瞬で立ち直れてしまいました。
あら、不思議。
さらに、3次試験の5日間に及ぶスタージュの課題を見せてもらったのですが、
もはや、暗号。
まさかの、すべての課題テキストが、
古典戯曲で、
私なんて、初見で読めたものじゃない。
すべての事柄は、
やっぱり、
「必然」
今の私にどう考えても、
これらのテキストを演劇的に扱うことは不可能。
演劇の形式は、無限。
しかし、過程においても、作品においても、
言葉が不可欠。
今年、1年間は、とにかくいろんなチャンスに恵まれて、
演劇に大忙しだったけど、
さて、
この結果をどう受け入れるか。
稽古のせいにして、
語学学校との両立は、
始めから無理とあきらめていたけど、
今のままでは、
外国人であること、
フランス語を十分にしゃべれないことを、
逃げ道にしてしまう。
せっかくだから、
言い訳が出来ない場所までいってから、
自分の演劇の才能を嘆こうと思います。
今日は、
心ゆくまで、
人生の「不幸」を味わって、
苦しかったです。
でも、1日は24時間しかなくて、
過去を振り返ると、
この1年にこれ以上頑張ることは出来なかったな、と、
自分に甘いかもしれないけど、
言えるくらいのことはやってきて、
後悔はする必要はないみたいなので、
それでは、
しかたなく、
前に進みます。
以上。

ワンマンショー@ドストエフスキー・ナイト!!!

2月から、ずっと取り組んで来た作品、
ドストエフスキー『おかしな人間の夢』のアダプテーション、
『おかしな香子の夢』が、
終了しました。
初めての作・演出・出演!
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2月のバカンス期間中に30時間の集中スタージュがあって、
そこでベースとなる作品をつくり、
中間発表を経て、
公演に至りました。
スタージュ中のブログ:
正しい狂気の作り方ードストエフスキー『おかしな人間の夢』
究極一人芝居(演出家ワークショップ1日目)
恒例の「抱きしめ合う」エクササイズをしながら、初めてフランスに来てよかったと思った(演出家ワークショップ最終日)
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昨年9月の登録時には40人いて、
オーディションで20人になって始まったこの演出クラスですが、
なんと、今日までこぎ着けたのは5人…
まあ、去年は最後3人になってしまったらしいので、
それよりはましでしょうか…
公演当日、
観客との関係を一番に考えるため、
大きな劇場の立派な客席をすべて無視して、
舞台上に、椅子をのせて、
そこに座ってもらいました。
照明も舞台上全体に合わせ、
役者も全員、舞台にいて、
観客とおしゃべりしながら、
開演を待ちました。
私は、トップバッター。
私が、今回の公演で一番やってみたかったことは、
「落語的演劇」
観客を舞台に参加させるとか、
観客いじりとか、
そういうことではなくて、
パフォーマンス自体を、
人にものを「語る」形式にすること。
もちろん、舞台上を走り回ったり、
身体のみでパフォーマンスするシーンなどもあったのですが、
とにかく、
後ろを向いてても、
しゃべってなくても、
「語り」続ける。
このことを意識せずにやっている、
海外の俳優は意外と多いと思います。
普段の生活の違いを考えれば、
当たり前のことだけど、
舞台に立つと、決定的な基盤につながる気がするのです。
ちなみに、
私は、
コンセルバトワールに入ってから、
3ヶ月間は、
観客の目が怖くて怖くて、
一切、観ることが出来ませんでした。
ヨーロッパの役者がいいとか、日本の俳優がいいとか、
そういうことではなくて、
要は、意図的か意図的でないかということ。
日本にいるときは、
自分が舞台から、
観客にダイレクトに視線を投げ掛けることが出来ない、
ということを知らずに、
投げかけない方法をとっていたから。
以前、同じクラスのフランス人の男の子に、
彼がクラスで発表している最中に、
長時間にわたって見つめられながら、
台詞をしゃべられて、
私は泣きそうになってしまったことがあります。
観客に直接「語る」ということは、一歩間違えれば、
暴力。
そこで、思い当たったのが、
「落語」
落語の語りの構造って、
観客を何か驚かせようとか、
笑わせようとかして、
直接語りかけているのではなくて、
噺家さんが、
自分のパフォーマンスをより面白く、より濃くするために、
観客の雰囲気を感じ取っているような気がするのです。
自分のベストパフォーマンスのために、
観客への集中をとぎらせない。
そこで、自分のパフォーマンスがあがれば、
観客のリアクションも大きくなってくる。
ポジティブのサイクルが生まれる。
こんな理論的なことが実際、
出来たのかはわかりませんが、
とにかく、30分間、
観客との関係のサイクルは順調にまわり続け、
爆笑。
友達に、面白すぎて、
ドストエフスキーのこと忘れてた…
と言われてしまい、
この小説の解釈にもかなり時間をかけたのに、
やっぱりバランスって大事だな、
と反省しました。
結果、
今回は、一人芝居ではなくて、
ワンマンショー、
というか、
スタンドアップコメディーになってしまったみたい。
まだまだ修行が必要です。
でも、この公演で、
私が、フランスで追求していきたいことが、
明確になって、
だから、
もう少し時間も必要です。
ちなみに、
なんと、この日は、もうひとつ、本番が控えていて、
休憩中に、
国立コンセルバトワールに走って移動し、
もう一公演してきました。
嬉しい疲労。

滞在の危機:学生ビザとコンセルバトワールについて

去年の7月3日にフランスに来て、
もうすぐ1年経つので、
学生ビザ(滞在許可証)の更新のため警察庁に行きました。
必要な書類は、すべてそろっていたのですが、
許可されず。
理由は、区のコンセルバトワールでは、
もう1つの条件の週20時間以上の授業、
という点は満たしていても、
公式な学校登録という形は、とれないということでした。
コンセルバトワールの事務の人に聞いたときは、
前例がないからわからないけど、
演劇の場合は、
大丈夫じゃないかしら、
と言われて、
勝手に信じ込んでいましたが、
人生、そんなに甘くなかったです。
例えば、
区のコンセルバトワールに通っている、
音楽関係の外国人学生は、
いずれにしよ、
授業数が足りないので、
語学学校や、プライベートの音楽の学校にも登録してビザをもらっている様です。
ただ、演劇の場合、
授業数が既に、週に20時間から25時間あるため、
他の学校にビザのために登録してお金を払ったとしても、
実際に通うことはかなり難しいです。
受付の人に、
コンセルバトワールのことは、
よくわからないと言われてしまって、
上の人を呼んでもらって話し合ったのですが、
わかってもらえず。
演劇だったら、
他のプライベートの学校がいくらでもあるでしょう、
と言われてしまって、
だったら、今の学校と20時間+20時間で40時間行けってことですか?
と聞いたら、
無理なら、
コンセルバトワールの方をやめればいいでしょうと、
あっさり。
しまいに、
国立のコンセルバトワールになんで登録しなかったの?
と聞かれて、
(高等コンセルバトワール以上は、ビザが出るそうです。)
落ちました。
と、答えて、
惨めだったなあ。
でも、なんとか3ヶ月間のレセピセ(仮滞在許可証)をもらうことが出来たので、
出来ることは、何でもしようと思います。
いくつか、来年参加するプロジェクトも決まっているので、
みんなも、一生懸命動いてくれて、
ただ、私が動き続けないことには、
しょうがないから、
いろいろやってみようと思います。
とりあえず、
フランス語の試験に合格すれば、
もう少し、立場があがるはず。
それにしも、
生まれて初めて、
目に見えない敵、
というか、
見えない権力みたいなものに、
行く先を蝕まれて、
悲しい気持ちになりました。
「直接戦えない」敵こそ、
あきらめたり、
見えないふりしたり、
よけて通ったり、
知らず知らずのうちにそうしてきてしまったかもしれないけれど、
せっかくの機会なので、
アーティストとかもはやどうでもよくて、
「社会人」として、
しっかり挑んでやろうと思います。
警察庁の受付の人に、20歳かと思ったと言われたけど、
もう24歳なので笑

はじめての試写会『Pour un OUI』@メッス

待ちに待った、
人生で初めて出演した映画の試写会のため、
メッスに行って来ました。
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パリの駅で、監督と待ち合わせして新幹線で行くはずだったのですが、
いつもどうりの遅刻。
次の新幹線だと、
絶対に、試写会に間に合わないのに、
まあ、なんとかなるよ、と電話越しにいわれて、
もはや、この国でどうにもならないことなんかあるのだろうか、
と改めて思いました。
私は、行ったことない場所で、
メッスに着いてから、
果たしてどうしたらいいんだろう、
とかなり不安になっていたら、
知らない人が、
キョウコー!と、声をかけて来て、
映画館まで連れて行ってくれました。
監督の地元の友達みたいだったけど、
それにしても、
よく私だってわかったな。
映画館は、本当に普通に立派な映画館で、
感動しました。
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地元の新聞記者の人が来ていて、
写真を撮りました。
有名人の気分。
やっぱり、東京と地方の違いのように、
フランスでも、パリと地方の違いは歴然。
イベントの少なさを、実感。
全員そろって、
監督の到着を待ちました。
そして、誰も怒らない。
みんな、のんきにおしゃべりしている。
さすが、フランス…
そして、とうとう、
私の初めての主演短編映画『Pour un OUI』が、始まりました。
簡単なストーリー:http://millcorun.blog.fc2.com/blog-entry-184.html
監督はアルジェリア人で、
現在パリ13区のコンセルバトワールに通う23歳。
だれも、彼のことを23歳とは思っていないほど、
カリスマ性があって、
監督作品もすでに、4本目。
私は、演出クラスで彼と一緒になって、
ほとんど話したこともなかったのですが、
一度だけ、本当にたまたま即興をやったことがあって、
そのときのブログ:http://http://millcorun.blog.fc2.com/blog-entry-172.html
このことが、きっかけで、
私は、この作品に出演することになったので、
撮影中、
フランス語の指示がわかんないときでも、
なんとか、
この二人の間に確かに存在していた、
南国のフルーツみたいな
ビビットな感覚だけを持ち続けました。
6ヶ月前の私の、
フランス語は最悪で、
自分でも自分の台詞が理解できないシーンなどありましたが、
自分でも、
びっくりするほど満足しました。
25分の作品だったのですが、
フランスでは、短編映画専門のフェスティバルもあるほど、
短編映画(クート・メトラージュ)がとにかくさかん。
短編映画の印象は、
とにかく演劇的。
イメージの連続で、
作品は、スクリーンではなく、
確実に、
観た人の頭の中で、
完成する。
上演終わった後、プチ会見があって、
「日常生活でも、こんなにエキセントリックなんですか?」
という質問を受けました。
とりあえず、
「精一杯、生きてます。」
と、答えました。
夜は、メッス出身の監督とカメラマンが街を案内してくれました。
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メッスは、建築で有名な街だそうです。
ちなみに、パリにあるポンピドーセンターの別館は、
メッスにあって、
建築は、坂 茂氏です。
鎌倉みたいで可愛かったです。
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いつもつくづく思うのが、
自分が関わることに関して、
ひとつも手を抜いていいことなんてないということ。
いっぺんになんて、
決して進まない。
でも、次に全くつながらないことなんて、
いうことも決してない。
実際は、この歩みの遅さに、
いつも、
じりじりした気持ちにさせられてるけど、
いまは、とにかく、
どこかからやって来たチャンスは、
拒まない、
喜ばない、
逃さない。
たいていのチャンスって、
ラッキーというより、
多分、
必然で、
ちょっと前の自分のおかげでしかないと思う。