FTAではすべての部署の人のネームカードに自分で選んだ代名詞が記入されている。私だったら、【she/elle】というところでしょうか。
英語圏では、he/she の他に、ノンバイナリー(性を問わない)な代名詞として、複数形のtheyが使用されているが、フランス語では、il(彼)/elle(彼女)に対して、ielが使用されている。
フランスでも2021年から正式に辞書に掲載されているが、フランスでくらいしていて、【iel】の表記を見ることはほとんどない。フランスから来ているノンバイナリーのアーティストに尋ねてみたところ、フランスはカナダに10年遅れをとっている、と笑っていた。カナダでは、アート業界以外でも、【iel】の使用が積極的に行われているようで、自己紹介のときにも必ず自分を指す代名詞を明確にする。フランス語の場合、英語に比べてさらに厄介なのが、代名詞が男性形か女性形かによって、形容詞や動詞も変化するので、【iel】の人たちは、代名詞をielにした上で、形容詞や動詞の活用は、男性形と女性形どちらに合わせるかということまで指定する。現在、フランス語圏では、ジェンダーを包括する配慮から提案された「l’écriture inclusive(包括書法)」とよばれる表現手段のレパートリーのようなものが提案されていて話題になっている。
(詳しくはFRENCHBLOOMで紹介されています:https://www.frenchbloom.net/tips/6410/)
私が【iel】の存在と数日過ごしてみての実感としては、自分が何も疑わずに35年間使ってきた代名詞【she/elle】に疑いを持ち始じめるということ。自分の生活圏のなかで、新しい言葉に出会うということは、自分のアイデンティティーにいい意味で「疑い」をもたらしてくれる。なぜ、今まで一度も【she/elle】に疑問を持つことなく生きてきたのか、ということが、非常に奇妙に思えてくる。実際、フェスティバル関係者には、【iel】を使用しているメンバーはたくさんいて、表記のおかげで風通しがいい。日本では、他人の個人的な部分にはなるべく触れない方がいいという感覚があったけど、それは、無意識に自分たちをマジョリティーとして位置付けていたからだと気づいた。マジョリティーにいる私が、マイノリティーの人々の生活圏に土足で踏み入ってはいけない、と。ヒエラルキーを通さずに、他者を捉えることは非常に難しい。しかし、繰り返し、【iel】を耳にしているだけで、確実に思考の変化がある。頭でわからないことも、身体はちゃんと吸収してくれてる。
ラジオカナダの【iel】に関する記事;https://ici.radio-canada.ca/jeunesse/maj/1841118/iel-pronom-robert-dictionnaire-non-binaire
