『ほったらかしの領域』中間報告

EUはEU圏外から渡航禁止を発表したが、

フランスはコロナ禍でも「教育は止めない!」という決断をしてくれたので、

コンセルバトワールでの教育実習のためパリに戻る。

帰りの飛行機の乗客は私含め6名で、キャビンアテンダントより少ない。

フランスの入国審査時に、さまざまな書類を求められていたので、税関でのやりとりを危惧していたが、

「ワタシ、吉野家ダイスキダヨ!スゴイヨ!」といいはら、謎のフランス人にあたり、なんなくクリア。

コロナ禍でも、ラテンの精神、恐るべし。

最後の荷物検査担当のフランス人には、なんの仕事をしているのかと聞かれ、

演劇と答えると、「劇場をあけるために、文化庁はもっと頑張らなきゃいけないんだ!」と本気で怒ってくれる。

演劇教育の実習があって戻ってきたことを告げると、「素晴らしい!頑張って!」と鼓舞される。

PCR検査陰性証明は求められたものの、シャルルドゴール空港についてからの検温もアルコール消毒もPCR検査も一切なし。7日間は自宅待機をして、7日目にPCR検査を受けて、陰性だったら晴れて普通の生活へ、というシステム。

さてさて、『ほったらかしの領域』合宿に関して。

https://mill-co-run.com/2020/12/14/%e3%80%8e%e3%81%bb%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%97%e3%81%ae%e9%a0%98%e5%9f%9f%e3%80%8f%e5%90%88%e5%ae%bf%e5%8f%82%e5%8a%a0%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%83%90%e3%83%bc%e5%8b%9f%e9%9b%86%e4%b8%ad/

12月中旬にメンバーを募らせていただいた『ほったらかしの領域』合宿ですが、緊急事態宣言にもかかわらず1月23日24日に、無事決行することができました。

緊急事態宣言下において、この合宿を実施するか否かということが、

今振り返ると、まさに、今回の合宿の一番の問いである「意志」を考える第一歩となった。

そもそも、この合宿は、「あなたは『la volonté(意志・意欲)』が強すぎて、身体の声を聞けていない」と歌の先生に痛い指摘をされたことがきっかけとなっている。

そこから、この先生からの指摘と、「中動態」を介して向き合えないか、というところから出発した。

國分功一郎先生の中動態に関する言及によると、

中動態が残っていた古代ギリシャの世界では、「意志」という概念が存在していなかった。

意志とは、西洋文化において、責任のありかをはっきりさせるための装置であった。

つまり、実際には、さまざまな要素が積み重なり、ある行為が行われたとしても、その責任の主体を明確にするために、「意志」を持った人が社会では必要なのである。

今回の合宿を「意志」を持ってやろうとした人物は、発起人である「私」である。

そこに、企画段階から関わってくれた主要メンバー3人。

さらに、私たちの問いに賛同し、合宿に参加してくれることになった7名の合計11名で、企画は進行していた。

1月7日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って政府の「緊急事態宣言」が再発令された。

その前日、合宿の開催場所である藤野倶楽部・柚子の家のため、神奈川県相模原市を訪れていた。

すでに、緊急事態宣言が発令される噂が飛び交っていたので、どうせ合宿中止するのに、下見だけ行くのも辛いなと思いながら足を運んだ。

私の諸々の予想に反して、藤野倶楽部を経営されている方から、非常に暖かい待遇を受ける。

感染対策を万全にして、東京から皆さんがくるのを心待ちにしています、とのこと。

自分の「意志」とそれに付随する「責任」の所在が、少しづつ自分以外の場所へと広がっていくのを感じた。

この企画は、完全に個人的な試みだったので、なにかあった時に、責任の所在が「私」ひとりになってしまうことを恐れ、ごく自然に合宿の中止もしくは延期を考えていたが、企画メンバーは「やりましょう!」と彼らの「意志」を表明してきた。

これが大きな後押しとなり、企画メンバー全員の「意志」として、合宿は実施される方向となった。他の参加メンバーも、彼らの「意志」と「責任」のもと、全員がPCR検査を受け陰性を証明したうえでの決行となった。

そして、藤野倶楽部の方のすばらしいおもてなしのもと、誰もが時間がたりないと感じる一泊二日を過ごした。

しかも、当日は雪。

合宿を通して、「あなたは『la volonté(意志・意欲)』が強すぎて、身体の声を聞けていない」という先生の言葉は、「意志が強すぎて、自分の『欲望』を聞けていない」とも言い換えられるのではないかということに気づいた。

「意志」というと、「責任の所在」を求められるが、

「欲望」に基づいた行為には、「責任」は伴わないのではないか。

昨年11月から準備してきた「ほったらかしの領域」、プレイベントや勉強会を重ね、私は本当に「やりたかった!」のだと思う。

それは、やりたいという「欲望」を、「意志」と取り違えて、「責任」の付随を恐れ、一時はあきらめそうになったけど、周りの人の「欲望」に支えられて、実現にたどり着いた。

コロナ禍において、なにかを自分の「意志」で実施する時、「責任」のありかを無視することはできないけれど、

こんな時代だからこそ、「欲望」でつながれる人間関係を築けたことに心から感謝します。

「ほったらかしの領域」合宿の内容に関しては、今後アーカイブとして、一般に公開することを予定しています。

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