落ちても落ち込まないオーディションの受け方

俳優という職業を考えたときに、

常に念頭に置かなくてはいけないことは、

終身雇用、正社員ではないということ。

安定したカンパニーなどに所属しない限り、就活は1回ではなく、半永久となる。

 

そこで、避けては通れないのが「オーディション」という雇用形態。

私は、演劇を本格的にはじめた10年前から、日本でもフランスでも、この「オーディション」というものに、落ちて落ちて落ちまくった。

簡単に言えば、「受け続けていればいつかは受かる」というのは迷信だということを確信できるほどに落ちまくった。

落ちれば落ち込むし、自分には才能がないのだと思って、絶望的な気持ちになる。

幸運にも、立ち直りが異様に早いため、絶望した気持ちをすぐに忘れて、ここまで続けてこれた。

モンペリエの国立演劇学校で過ごした3年間で、パリを拠点に活動する演出家たちとクリエーションを通して知り合うことができたので、卒業後は、オーディションというよりも、人とのつながりで仕事に巡り会う機会があった。

そもそも、オーディション必勝法があるなら、教えて欲しいが、私が、もっと重要だと思うのは、持続性のあるオーディションの受け方。つまりは、落ちても落ち込まないオーディションの受け方なのである。

就活と同じように、オーディションには、決定的なヒエラルキーの構図が存在する。

選ぶ側と選ばれる側。

選ばれる側に残される選択肢は大きく分けてふたつ。

選ぶ側が探しているであろう人材に自分が適していることをアピールするか、

もしくは、自分という人材を的確に見せるか。

前者の場合、権力のヒエラルキーの構図を保った状態で、

自分の俳優としてのテクニックをみせていく必要がある。

大手プロダクションによるオーディションは、たいていこちらの形態がメインとなってくるのだと予想する。

 

私が、注目したいのは、後者の自分という人材を的確に見せたうえで、選ぶ側に彼らの芸術的な面での「コラボレーター」にふさわしいかどうかということを判断させるオーディションである。

30歳を間近にして、一攫千金的なオーディションを受ける気もないし、精神的にも持続可能なオーディションの受け方とは何か。

「コラボレーターに立候補する」、つまり、組織における機能(演出家であるか、俳優であるか)が違うだけで、自立したアーティストであるという認識が必須である。

 

ちなみに、オーディションの内容を見れば、主催側が単に俳優を探しているのか、作品のコラボレーターを探しているのかということは、だいたい見当がつく。

私の場合、そもそも、フランスにいる時点でセリフで勝負できる俳優ではないので、シーンを用意していくようなオーディションにあまり勝算はない。

私が大好きなオーディションは、「作品を用意していく」系である。

あるテーマについての課題が出され、俳優は、そのテーマに沿って自分でリサーチを行い、短い舞台作品を発表する。

選ぶ方としても、どのような経緯でオーディション参加者の作品ができたのかを知りたいため、発表後にかなり親密なダイアローグが生まれる。

 

日本でもよく見かける「ワークショップ形式」も、オーディションが選ぶ選ばれないに関わらず、アーティストにとって、刺激的な場をもたらしてくれるタイプである。

 

そもそも、ここ10年くらいかけて、私が落ちまくりながら発見した、落ち込まない方法とは、まず、前提として、条件に縛られすぎないこと。

与えられた条件を守れば守るほど、

権力によりヒエラルキーを強化することになってしまう。

与えられた課題を発表するときに、少しくらい条件から外れていても、いいものはいい。

自分の世界観を的確なかたちで提供することが先決。

形態にとらわれないことで、不思議と「選ばれている」感が薄れ、「選ばせてやっている」感が芽生えてくるから不思議なものである。

 

もうひとつは、物事を単発で捉えること。

たとえ私が、今までオーディションに落ちまくっていたとしても、それを知っているのは私だけで、履歴書には書かれていない。

そして、ジャッジされているのは、過去でも未来でもなく、紛れもなく現在の自分。

というか、現在「だけ」の自分である。

 

私が想像するに、ある程度のキャリアまで、オーディションというシステムは避けて通れないものだが、ある地点までたどり着けば、「仕事は出会いから」というパターンがほとんど。

つまり、オーディションも、この「仕事は出会いから」地点にたどり着くまでの、人脈を広げるチャンスとも言える。

 

ちなみに、先日最終選考まで行ったオーディションは、

パリを拠点にしたインターナショナルなものだったので、

なんと使用言語は私の最も苦手とする英語。

動機書の時点で、落ちても落ち込まない方法はないかと考え、

動機書自体を作品にした。

motivation letter.jpg

ふざけてると思われたら終わりだと思ったが、

めでたく書類審査を通り、

一次審査のときに、動機書が最高だったと言われ、演出家と笑い合った。

 

俳優をやめる理由はいろいろあると思うけど、

オーディションに受からないからという理由でだけでは、

やめたくない。

俳優うんぬんの前に、いちアーティストとして、

自分の絶望は自分で決めたい。

他人に求められないことで、絶望するなんてもったいなさすぎる。

 

いかに、「オーディション」という機会を、こちらが利用できるか。

そんな有効な方法をまだまだ模索中。

 

 

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