「いい」俳優の定義と「いい」俳優になる方法。

今週から、今年最大のクリエーション、
モンペリエ、パリと、フェスティバルをツアーする、
“UNE VITALITÉ DÉSESPÉRÉE” の稽古が始まりました。
モンペリエは、
毎年夏に行われるダンスの国際フェスティバルでも有名です、
モンペリエ・ダンス・フェスティバル:ちなみに、今年のアビニョンがテキスト回帰となったせいか、今年のラインナップは超豪華!!)
今回、私たちが参加するのが、
Printemps des Comediens』という、
俳優たちのために始まった、
実は、結構規模の大きい演劇祭。
ヨーロッパ各地から、粋な団体が集まってます。
私たちの公演は、こちら。
http://www.printempsdescomediens.com/2014/programme2014/pasolini.html
Kyoko Takenakaが、
Kyoto Takenakaで、日本の地名になっちゃってますが、
日本人初めてだから、許して、といわれた。
そういう問題ではないと思う、
でも、これがフランス。
そんな話は、おいといて、
怒濤の毎日10時間稽古がスタートしました。
ちなみに、10時間というのは、演出家と行う時間で、
その他の時間に、各自、自分たちの「プロポジション」(提案)を創る。
この作業は、まだ配役が決まってない場合、
オーディションのようなものだと思う。
俳優としてのテクニックや、オリジナリティーを見せるのではなく、
いかに、「共同クリエイター」として、
演出家の頭をインスパイアできるか。
つまり、俳優でありつつ、
いかに一人一人が、それぞれのシーンのチーフディレクター的な存在まで、
レスポンシビリティ(責任)をあげられるか。
こんな、
作品に、尽くして尽くして尽くしまくれる俳優に、
フランスでは、”investissement”(投資)とか”engagement”(参加)が強い
という言葉が与えられる。
最終的に、舞台上でどうしてもその人に目がいってしまう、
いわゆる「いい」俳優。
演劇教育が発達しているからこそ、
「いい」俳優とは、
才能とか、生まれついたものじゃなく、
どれだけ時間をかけ、
自分の身体と頭を作品に「投資」できたかの差だということが、
信じられるのかも。
実は、この演出家とは、
昨年11月、私が今の私よりも、
一回りも二回りも何もできなかった頃、
3週間、すでにスタージュを行っている。
最初は、明らかに、
演出家も私の存在にとまどっていて、
それでも、あえてリスクを持って、
一番難しいといわれていた、
2ページに渡るモノローグを配役してくれて、
そのときに、何にもなかったところから、
確かな信頼関係が生まれた。
一度できた信頼関係は、
半年経った、今では、
くっきりと鮮やかに残っていて、
学校に入って以来はじめて、
戸惑ってしまうほど、居心地のいい「第一週目」を過ごした。
信頼関係に、こんなにも継続性があるのなら、
あの時の苦労なんて、
安いものだ、と思った。
先のことをあまり考えないで行動するのは、
私の悪い癖だけど、
先のことをあまり考えないけど、
100%で行動したときには、
その行動が、
次の行動を勝手に示してくれたりすることもあるのかも。
そして、風が吹いているときには、
のる。
以上。

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