沖縄・キジムナーフェスタ

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昨日から沖縄です♪
2回目のキジムナーフェスタです。
沖縄市のコザ。
あんまり観光地ではなく、地元の人と、東京から移り住んだような人たちがのんびり暮らしている感じ。
あ、コザはロックの町みたいです!!
仕事とかじゃなくて、同じ場所に旅行に行くってはじめてで、
バスおりてから、道とかわかる感じが笑けました。
キジムナーフェスタは大人も楽しめる児童演劇祭です。
去年、ここまでお客さん(こどもたち)を満足させることに命がけの演劇祭ってなかなかないなって思って、
はまりました。
最近、訴える対象が社会全体のようなコンセプチュアルなものが増えてるように思います。むしろ、わたしはそういう作品大好きです。
でもキジムナーは、
いま、劇場に来ている人たちが一番の対象だっていう印象をとにかくうけます。
上演中のこどもたちのひそひそ声が可愛いハートハート
今日はイタリアの作品を2個観ます。

『ドグラ・マグラ』

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『少女地獄』で有名な夢野久作さんの長編。
裏表紙のコメントが、相当印象的です。
以下引用
<これを書くために生きてきた>と著者みずから語り、10余年の歳月をかけた推敲なよって完成された内容は、著者の思想、知識を集大成する。
これを読む者は一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書。
で、
ちょうど半分くらい読んだ、わたしの精神はというと、
かなりぶれてます…
洗脳されそうなので、ちょっとずつ読んでます。
これって昭和10年に出版されたから、今から70年以上前に書かれたものなのに、
なんか過去じゃない感じ。
そういう本にたまに出会う。
新刊でもなんでもないのに、なぜかすごく現在な感じ。
完成された作品なのに、
わたしが読むごとに、
先が書きたされていくような…
まさしく、そんな本です。
まあ、もう、読まなければいけない!という心地よい義務感があります。

『Re:カクカクシカジカの話』

http://hisen-engeki.com/information.htm
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非戦を選ぶ演劇人の会 ピースリーディングの公演でした。
名だたる演劇人の皆さんが、たくさん出演していらっしゃいました。
3時間たっぷりやって、1500円!!
この値段はすごい。
特に、すまけいさんの口から出る言葉には、
魔法みたいに吸い寄せられました。
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井上ひさしさんの、追悼公演として、
『父と暮らせば』をリーディング。
贅沢!!
主宰の渡辺えりさんの人脈のパワーだと思います。
あしたは、戸田恵子さんも出演されるみたいです。
リーディングって、ちょっとこわいなって思ったのが、
普通の演劇以上に、
台詞が伝わるか伝わらないかがはっきりしてしまうこと。
核問題についての、説明的な台詞では、
声の大きさとか、感情をいれているとか関係なく、
よくわかってない私にも、
そのひとの言葉として、内容がすっと入ってくる人と、
文字がうかんできてしまう人とはっきり違いがありました。
台詞でも、日常に会話しているときに私たちが無意識的に行っているような、
頭の中のイメージがある状態、
これってすごく大切だと思ったし、
リーディングだと、こんなに明確に伝わってしまうものなのか、
と思いました。
チェルフィッチュの岡田さんのワークショップを思いだした。。
http://chelfitsch.net/

『闇の列車、光の旅』

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http://www.yami-hikari.com/
映画観ました。
誘われていって、なんも知らないで観たので、
かなり衝撃でした。
自分からだったら、絶対観ないような作品で、
でも、観るべきだったと思えた。
ストーリー
日系米国人のキャリー・ジョージ・フクナガ監督が移民たちの現実を描いた人間ドラマ。ホンジュラス出身の少女サイラは、父と叔父とともに移民たちでひしめく列車でアメリカを目指し旅立つ。道中、メキシコの強盗集団に襲われたサイラは、彼らの一味である青年カスペルに命を救われる。その後、サイラは裏切り者として組織から追われるカスペルと行動を共にし、国境を目指すが……。

ギャング組織って、宗教みたいだと思いました。
一番印象的だったのは、主人公(カスペル)にくっついてた弱虫のちびっ子の男の子が、
ギャングの集団の中で、どんどん洗脳されてって、
人を殺すことも平気になって、
自ら志願して、
ギャングのリーダーを殺した、カスペルを殺したこと。
変貌。
いま、普通に日本でのんきに暮らしてる私には、
アイデンティティーみたいなものが、いまいちないです。
しいて、いうなら、家族のひとりであること。
日本人である意識はあるけど、日本のために体はれないし。
でも、アイデンティティーって、
国とか家族以外にも、
どこにでも存在してやっぱり人は帰る場所を求めて、
そのためならなんでもできてしまうんだな、と強く思いました。
それは、途上国でも先進国でも同じことだと思う。
だから、自分が帰る場所って思えるところが、
洗脳とかではなく、
その場所に、帰属するために、自らの意思を押し込める訳でもなく、
胸を張って、人に紹介できるっていうのは、
すごく幸せなことだと思いました。
出てる人たちの、瞳が、
みんな、とても綺麗だったな。