俳優がお金を稼ぐってどういうこと?

先週末は、くじ引きで当たりを引いて、
実にシビアな体験をすることとなりました。
モンペリエのCDN(公共劇場)、
『humain trop humain』から、
劇場主催のプロジェクトに参加する俳優を6名依頼されました。
内容は、動物園の中の熱帯室での、
リーディング公演。
初めて、学校に依頼された、
有給仕事に、心躍らせていましたが、
11人全員ではなく、
6人とわかった時点で、
フランス語が母国語ではない私に、
「読む」仕事の出番はないだろうと思っていました。
平等にくじ引きで決めようということになり、
「私は、多分、実力的に厳しいと思う」と、
弱気発言をすると、
「できるかできないかじゃなくて、
 やりたいかやりたくないかだから!」と押し切られ、
くじ引きに参加。
まんまと当たりを引いて、
猛烈な不安を抱きながら、
初めての有給仕事に参加することに。
50ページ近くある、
ほぼ論文のような、
モノローグのみで構成された台本を読み始めると、
なんと内容は、殺戮の歴史について。
はじめて出会う単語の波に、
一気に押し流され、
もはや、辞書も役に立たない。
翌日には、
早速、動物園にて、
読み合わせと、マイクテストの予定が入っていたので、
なんとか、読み合わせで、
最低限、読めるようになっていなければならない。
プロデューサーと演出家は、
外国人がやってくるなんて思ってもいないだろうし、
初日の読み合わせで、
この人には、無理そうだなと思われれば、
2日後の本番までに、間に合うはずもないので、
簡単に、他の俳優にチェンジするだろう。
授業ではないので、
私が努力して、すこしレベルが上がることよりも、
単純に、当日、観客が、
内容を正しく聞き取れるかがすべて。
そんな妄想と恐怖のなかで、
溺れかけながら、
とりあえず、配役されていないなか、
どこが当たってもいいように、
50ページ、全てを最低限口に出して読めるようにする。
とは言っても、
おぼつかない単語もそこここに残る。
そして、金曜日。
動物園での稽古読み合わせ初日。
時計回りで、順々に1ページ近くあるモノローグを読んでいくことに。
手が汗で、びたびたになりながら、
なに食わぬ顔で台本を読む。
私が、交代させられることを、
かなり怖がっていたので、
私の順番に回ってくるであろう箇所を、
となりの俳優が、耳元でそっと教えてくれる。
ナイス・チームワーク。
学校で行われるスタージュの時は、
新しい演出家が来るたびに、
言葉のレベルや、困難を話す時間を設けるようにしているけれど、
仕事としての現場において、
そんな個人的な心配事は、
共有する必要なし。
その日は、私の言語に関しては、
何も触れられずに解散。
動物の鳴き声が響きわたる、
のどかなはずの動物園も、
今日の私にとっては、
お化け屋敷でしかなかった。
翌日、稽古2日目。
配役をされながらの読み合わせ。
数カ所、発音を注意される。
フランスに来てもう長いの?と聞かれ、
3年半です、と答えると、
そんなに短いの?と驚かれる。
実は、演出家はスペイン人で、
フランス語で、公演することが多いので、
彼と仕事をするスペイン人の俳優は、
フランス語で仕事をすることが多いそう。
ということで、
実は、フランス語が母国語ではない俳優を使うことに、
そんなに抵抗はなかったよう。
フランス語は、
ひとつであって、
ひとつでない。
フランス人にしか、
話せないフランス語があるように、
外国人にしか、
話せないフランス語があるそう。
多国籍、
かつ、移民国家であるフランスにおける言語は、
日本における日本語とは、
少し違う。
以前、とても尊敬している人に、
教えられた本、
多和田葉子『エクソフォニー 母語の外に出る旅』の中に書かれていたこと。
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6022110/top.html
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パリで講演会をした時に、
「なぜ、あなたは、フランス語ではなく、
ドイツ語で小説を書いているのですか?」
と質問されて、困ってしまったという。
アメリカ人が言う、
「ドイツ語でなく、英語で書けばいいのに」
と、フランス人がいう、
「ドイツ語じゃなくて、フランス語で書けばいいのに」
の間には、決定的な違いがあるという。
フランスには、
言語に対して、
単にコミュニケーションの手段としてではない、
芸術としての敬意があり、
この美しさに触れたいと願っている外の人間に対しては、
寛容であるとともに、
その「姿勢」(取り組み方)に対する要求が高い。
公演当日、
観客は、美術館の音声ガイドのように、
ヘッドフォンから流れる、
私たちのオンタイムのリーディングを聞きながら、
動物園の熱帯コーナーの中で、
自由に移動したりすることができる。
つまり、
俳優の声が、
かなり細かいところまで、
観客の耳に届く。
最終稽古に向けて、
猛特訓開始。
私は、合計7ページくらい割り当てられたところがあったのだが、
もう長年の付き合いになる、
パリ在住の発音の先生とスカイプで、
ひたすら発音をチェック。
面白い台本ではあるが、
内容的にもかなり複雑な内容なので、
発音が聞き取れなかったら、
観客にとっては、二重のストレスになってしまう。
日曜日。
最終リハーサル。
ゆっくり読むということを意識して、
なんとかフランス人に近い発音まで持っていく。
自分の中では、
前日と比べ、
練習した割には、
大きな変化は感じられなかったものの、
プロデューサーは、
すごい練習したね!と大喜び。
すごいうまくはなっていなかったのかもしれないけれど、
すごく練習したのは伝わったようだ。
そして、
月曜日、本番、無事終了。
いい
っっ
ぁぁ
俳優がお金を稼ぐということ。
もしくは、芸術家がお金を稼ぐということについて、
必然的に考えさせられた。
これは、信用を稼いでいくことなのだと思う。
フランスに来てから、
人の2倍、3倍「努力」することは当たり前で、
それでも、みんなと同じようにはできなくて、
学校教育範囲内において、
正直、「努力」に支えられてきた部分は、あったと思う。
必ずしも、
大きな結果が得られなかったとしても、
「頑張ってる」から、
認められてきた部分はあったかもしれない。
それが、社会に出たとたん、
「仕事」、つまり、お金を稼ぐことにつながった時、
「努力」だけでは、どうしようもなくなる。
「努力」に見合う「結果」を出すことさえもどうでもいい。
「努力」という言葉は、もういらない。
おそらく、
「努力」を、
「信用」に還元していく方法を探していくことだと思う。
なぜなら、
俳優、芸術家は、
仕事をした後に、お金をもらうのではなく、
仕事をする前に、お金をもらうことが多いからだ。
まだ実現していない自分の企画のために、
資金を集めることもあるだろう。
助成金をもらって、
自分の芸術家としての、
生活環境をつくることもあるだろう。
フランスにいると、
いかに、芸術を仕事にしている人たちが、
「信用」によって、
生活していくためのお金と、
創作を続けていくためのお金の
両方を稼いでいっているかがよく分かる。
そして、これらを両立させることが、
決して簡単な道だと思わないけれど、
決して夢のまた夢だとは思わない。
夢を見続けるために、
理想と現実を、
大きなお鍋の中に、
一緒に入れて、
長いへらで、ゆっくり混ぜる。
お金はないけど、
夢はある。
夢があるから、
お金が必要。

演出家とうまくいかない時、俳優はどうしたらいいの?

先週から始まったのは、
はじめての映画スタージュ。
稽古2週間、
撮影2週間で、
ディレクターが、
私たち11人のために書きおろしたシナリオを元に、
中編映画をつくります。
第1週目の先週は、
主に、ブレインストーミング。
カテゴライズするなら、SF映画に入るので、
サイエンス・フィクション及び人類学に関する知識を、
ここでぎっしり仕入れます。
毎日、22時過ぎまで及ぶ稽古のあと、
そのまま学校にのこり、
必須SF映画鑑賞会。
日本の映画も2本!
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』
『鉄男』
『メトロポリス』(Metropolis)
『ブレードランナー』(Blade Runner )
『EVE イヴ』(Eve of Destruction)
『狂気の主人公たち』 Les Maîtres Fous (The Mad Masters)
なかでも、文化人類学者でもあり、映画監督でもある
ジャン・ルーシュ(Jean Rouch)氏の『狂気の主人公たち』は、
圧倒的だった。
日本では、配給されてないようですが、
英語字幕で、全編視聴できます。


撮影への準備を進めながら、
毎日、稽古の初めに設けられた時間が、
先週終えたヨン・フォッセの公演に関するフィードバック。
毎日、少しづつ、
自分が感じたこと、
発見、苦労、課題、
どんなに個人的な事でもいいので、
稽古にも度々立会い、
本番も、2回以上観てくれた校長を含む、
11人全員で、
意見交換をしていく。
俳優としての、
舞台創作における位置を探っていくことが、
メインテーマになる。
フランスの演劇史において、
決して無視することのできない系譜のひとつが、
「演出家の時代」と呼ばれる80年代。
古典作品を多く上演していたこともあり、
表立って演劇界を担っていたのは、
俳優でも、劇作家でもなく、
演出家だった。
90年代、EU統合とともに、
外国人とのコラボレーション、
他分野とのコラボレーション、
テクノロジーとの共存など、
ボーダレスな時代を経て、
今日、
改めて、
演劇における俳優という立場を問われている気がする。
例えば、
校長曰く、
演出家の中には、
大きく分けて、2種類のタイプがあるということ。
一つ目は、どのように俳優を自分のイメージに導いていけるかを模索する人。
そして、もう一つは、
その俳優から、何が現れるのかをひたすら待つ人。
俳優主体のカンパニーが増える、
今日の演劇界において、
演出家が受動的であり、
俳優が能動的である後者のタイプのクリエーションが増えてきているそう。
それに伴い、
演出家とどのように付き合っていくのか、
という問題が自ずと浮上してくる。
そして、演出家とうまくいかなかった時にとれる対処法は、
大きく分けて、
二つしかないという結論に至る。
一、話す(parlez)
それができないのなら、
二、反応で示す(réagissez)
具体的にどういうことかというと、
何か、納得のいかないことや、
どうしてもうまくいかないことがあったとき、
単純に、その状況を停滞させないために、
こちらから、演出家に話を切り出す。
ただ、稽古の雰囲気や、
お互いの関係性により、
どのような現場でも、
話す、ということを実行に移すのは簡単なことではない。
特に、学校という教育機関の中での、
演劇創作の場合、
どうしても、演出家を「先生」と混同してしまうことがあるが、
お互いにこの意識があっては、
クリエーションも、
「経験」という程度の枠におさまってしまうから危険だ。
そこで、一番、とってはいけない行動が、
納得していないのに、
我慢して言われた通りにすること、
もしくは、できるようになること。
私たちが、
「学校」という場所で学んでいるのは、
一過的に求められていることをできるようにするような、
その場しのぎの「いい演技」ではなく、
もっと、遠くにいくための「過程」
ここで「過程」と言っているのは、
自分にとっての「いい演技」ができるような、
人間関係を含む、
クリエーション環境を整える
自分だけのメソッドのこと。
稽古場で、どんなに権力を持っている人が演出家であったとしても、
舞台の上で、決定的な権力を持っているのは、俳優。
逆に言えば、
観客の前で、作品をぶち壊すことができる人も、
俳優しかいない。
稽古の時点でも、
舞台の上にいるときは、
この権力を有しているのだから、
どんどん新しいプロポジションをみせていく。
さらに、通し稽古が始まったら、
その中で、
作品の全体像を掴みながら、
演出家と抜き稽古で作ってきたシーンを、
さらに進化させていけるかが、
俳優の仕事であり、
出演者の人数が多くなればなるほど、
一人一人が、
自分が出ているシーンだけではなく、
全体像をつかめるようになっていけるかということが、
演出家との、
コミュニケーションに発展したら、
素敵だと思う。
もちろん、こんなユートピアみたいな現場を、
いきなりつくろうとしても限界がある。
私なんて、新しい演出家が来るたびに、
一週間近く、距離感が掴めず、毎回もじもじしてしまう。
ただ、ここで答えを出すことが重要なのではなくて、
同じ舞台を踏んできた、
自分と、他者とで、
問題を共有することが、
問題意識を、身体にしっかりと定着させることが目的。
気になったことと、
同居しながら、
新たなクリエーションをはじめることで、
忘れた頃に、
あ!こういうことだったのね!という、
サプライズなプレゼントが届くという。
でも、
なによりも、
このディスカッションがもたらしてくれるものは、
「ちょっとほっとする気持ち」
自分に自信がなければない時ほど、
自分よりはるかに能力を持っているようにみえてしまう同志たちの悩みに、
耳を傾けることで、
どうしたって、
「ちょっとほっと」してしまう。

意外に柔軟な「過去」という名の今日までの私の「歴史」

無事、公演終了しました。
普段は、公演後、たくさんの人と話したり、
創作過程をシェアしたりして、
褒められたら、単純に嬉しいと思うけど、
今回、一番褒められたかった相手は自分だった。
ヨン・フォッセの戯曲は、
特殊だ。
言葉、ひとつひとつは平凡で、
日常の中に紛れてしまうような小さな塵にすぎない。
ただ、その言葉たちが、
繰り返され、
連なり、
引き返し、
交差し始めた頃、
静寂の中、
彼らは水面を浮遊するように、
踊り始める。
言葉たちを踊らせるために、
俳優の解釈が邪魔になることがある。
今までは、
いかに、
正確、かつ、具体的に、
言葉を舞台空間にひとつひとつ配置していくことが、
課題となることが多かったが、
今回のテキストに限っては、
全く違った。
例えば、
同棲している恋人が、
家を出ようとしているとする。
「行かないで」と言いたい。
しかし、
自分の口から出てくる言葉は、
「そういえば、さっき君のお母さんから電話があったよ」
ということだったりする。
ヨン・フォッセの戯曲に関しては、
俳優の意識と、
台詞が、
遠い場所にあればあるほど、
彼の言葉たちは、
自由に踊るのである。
この作業が、
私にとっては、
地獄の始まりだった。
どんなに、どんなに、
台詞を完璧に覚えても、
意識をテキストから切り離すというリスクをとった途端に、
いつ、台詞が自分から逃げて行ってしまうのかという、
絶え間ない恐怖にかられることになる。
台詞が出てこなくなるのが怖くて、
リスクをとることができなくなりそうになってしまうことが、
何度となく起こった。
その度に、演劇という表現媒体の特質と魅力を考えて、
リスクを取り続けるための稽古を繰り返した。
ヨン・フォッセのテキストと同じ。
人間は、
究極に追い込まれたとき、
繰り返すことしかできないのだと思った。
本当に、
情けないけど、
繰り返すこと以外何もできなかった。
本番、直前まで、
口の中で、
台詞を念仏のように唱えながら、
幕を開けた本番。
私ひとりの15分近いモノローグから、
始まる。
ふと、気がつくと、
私の身体から、
ずいぶんと遠い場所で、
少し前に、
私の口から、
紡ぎ出されたと思われる言葉たちが、
踊っていた。
ここが、
私の、
行ってみたかった場所。
見てみたかった場所。
聞いてみたかった場所。
一週間前には、
挑戦することも、
到達することも、
想像すらできなかった世界。
この領域における俳優の仕事というのは、
観客から観たら、
本当に微々たる差なのだと思う。
その微々たる差が観客には同じに見えるかもしれないし、
逆に、
その方が、いい仕事をしたということなのかもしれない。
だから、
今回だけ、
私が一番褒められたい人は、
演出家でも、
観客でも、
共演者でもなく、
一週間前に、
ただただ呆然と作品の前に立ち尽くし、
めそめそしていた、
過去の私だ。
そんな、過去の自分の方へ、
そっと身を翻そうとした時、
自分の本棚から、手に取った一冊。
阿部謹也『自分のなかに歴史を読む』
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阿部謹也氏は、ドイツ中世史を専門とする、
歴史学者。一橋大学名誉教授。
一橋大学の学長を務め、紫綬褒章まで受賞されている。
華々しい経歴のイメージを一瞬で覆す、
「作文」を思わせるような、
暖かくて、きゅっと寄り添ってくるような文体に、
一気に肩の力が抜ける。
歴史研究とは、
「自分」研究と言い換えることもできるのか。
高校受験以来、
「歴史」という言葉の前に、
立ちはだかっていた巨大な壁も、
優しい冬の太陽の下で、
少し恥ずかしいような気持ちで、
溶けていく。
過去の自分を正確に再現することだけでなく、
現在の時点で過去の自分を新しく位置付けてゆくことなのです。
この点に関して、
阿部氏が引用されていた、
ソヴィエトの文学者、ミハイール・バフチーンという人の言葉。
(前略)
もし、ある作品が完全に現在のなかに埋没し、
その時代にしか生まれないものであって、
過去からのつながりも、
過去との本質的な絆ももたないとしたら、
その作品は未来に生きることはないだろう。
現在にしか属さないすべての事物は現在とともに滅びるのである。
この文章は、
過去・現在・未来という、
決して交わることのない兄弟を、
「絆」というアイテムをつかって、
チームにする、
強烈な思想だと思う。
過去は、未来のためにあり、
現在は、過去をどんな過去にしていくかで、常に変化し、
未来は、そんな可塑性の高い現在の先にあるもの。
過去は、変えられる。
だから久々の週末は、
未来のために、
現在の私による、
過去の微調整。

共演者は、最良かつ最初の観客になる。

「卑屈」あけの竹中香子です。
最近の演出家の目標は、
日付けが変わる前に、稽古を終わりにすること。
ということで、
毎日、深夜に及ぶ稽古が続いております。
家族以外の人と、
毎日、1日2食ともにするには、
いつになってもなかなか慣れない。
除夜の鐘は、
108回鳴らして、
人間の108の煩悩を取り除くと言いますが、
108のうち、
一体いくつくらい表に出てしまっていたのだろう、
と思うくらい、
自分の煩悩が露出してしまったので、
いい機会と思いながら、
いろいろなことを考えてみました。
なんて、演劇は効率の悪い芸術なのだろう、
という結論に至りつく。
同時に、
効率の悪い過程だけが生み出す、
科学では説明できないものの言葉にできない魅力。
どんなに入念にサランラップで包んでも、
決して保存することができない空間と時間を、
存在させるために、
できることは、
ただひとつだけ。
繰り返すこと。
Presentation ではなく、
Representation であるということ。
稽古中、
自分の出番がなくても、
その空間に共演者が存在しているのは、
自分のためだと思っていた。
同じ作品に出ているわけだから、
他人の稽古をみて、
自分のためになるなんて当たり前のこと。
しかし、それ以上に、
舞台の上で稽古している俳優にとって、
他の俳優が客席で観ていること、
同じ空間に存在していること、
彼らの反応、
彼らの集中、
これら、すべての循環が、
演劇の稽古には必要なのだと思う。
共演者は、最良かつ最初の観客になれるのかも。
観客が入る前の、
「試写会」的な緊張感のなか、
稽古ができたら、
観客が入っても、
風通しのよい、
サーキュレーションを満喫できるのではないだろうか。
風通しの良さは、
風水の基本。
ポジティブなエネルギーを循環させることで、
相手の演技が変わる。
自分の演技が変わる。
直接的に関わるシーンがなくても、
共演者という、
定義と意義が自ずとかわり、
自分のために、彼らがいて、
彼らのために、自分がいたい、
と思えてくるから、不思議だ。

30秒でできる私の卑屈度チェック

今週の私の卑屈度と言ったら、
人様にとてもお話しできることではないのですが、
俳優にとって、
絶対無視できない問題だと思うので、
あえて、触れてみたいと思います。
ひ‐くつ【卑屈】
[名・形動]いじけて、必要以上に自分をいやしめること。また、そのさま。
何を隠そう、
今回の私の「卑屈」の原因は、
出番が少ないこと。
今回、5週間のクリエーションで、
最終日に、2作品を上演する予定なのですが、
私の出番は、片方の作品だけ。
しかも、その中でも、台詞も出番も一番少ない。
それに伴い、演出家と行う稽古時間ももちろん少なくなる。
学校のスタージュの場合、
プロの公演と違って、
最終的な上演よりも、
その過程が重要になってくるので、
配役の偏りは、基本的にないに等しいといっても過言ではないのですが、
それでも、諸事情により、
今回のように顕著に現れてしまう場合もある。
私の場合は、
もちろん、言葉によるハンデがあるので、
完全にスタートダッシュで出遅れたことが要因。
みんな、次々に台詞を覚えて、
シーンを提案していき、
それがそのまま配役につながっていった。
私の場合、
最初に自分で選んだ、
冒頭の15分近くに及ぶモノローグで、
随分ながいことつまづいていたら、
気づいた時には、
もう、他のシーンはあまり残っていなかった。
クリエーションも3週目に突入し、
連日13時から、22時まで、
遅い時には、23時半近くまで続く稽古のなか、
ほとんどの時間を客席で過ごす。
最初のうちは、
人の演技を見ながら、
学ぶことも多いものの、
やはり、自分が舞台で稽古をしているときの、
あの躍動する感じ、
あっと言う間に過ぎていく時間の流れを、
感じることはできない。
シーンが少ないからこそ、
綿密に稽古ができる、と自分に言い聞かせてはみたり、
今までに、
こういう想いを他の人がしていたかもしれないと、
思ってみたり。
ただ、
ひとりで待っている時間が長くなってくると、
果たして、この現場に自分という存在は必要なのか、
という問いが生まれてくる。
悔しさに、
孤独が混じり始めたら、
危険信号。
「卑屈」がこぼれはじめているかも。
悔しさをバネに!とはいうものの、
「卑屈」はバネにならないのが残念なところ。
水曜日、
ただでさえ、
出番が少ないのに、
まだ、稽古が付けられていなかった私のシーンが、
演出の都合上、
他の子に回される。
いつ、このシーンの稽古が始まってもいいように、
台詞も完璧に覚えていたのに。
演出家に言われたときは、
もう可哀想な自分にただただ寄り添ってあげていたくて、
一刻もはやく「卑屈」になりたくて、
何も言わずにいたけれど、
「卑屈」になったって、
自分のことを可哀想と思ってくれる人は、
残念ながら自分しかいない。
下手すると、
私は、「卑屈」を「頑張っている」と勘違いしてしまうことさえある人間なので、
ここは、ひとつ、恥を捨てて、
演出家に直談判。
「演出の都合上、
配役に差ができてしまうのは当たり前のことだと思うけど、
私も、みんなと同じ立場で、
このスタージュに参加している以上、
できてもできなくても、
同じだけのことに挑戦する権利があると思う。
だから、ただでさえ少ない出番がなくなるのは、
とても悲しい。」
日本人の感覚では、
自分が、不利な立場にいるときに、
自分の意思を伝えることは、
恥ずかしいこと、
できるなら、避けたいことのように思いがちですが、
フランスでは、あいさつと同じくらい当たり前で自然なこと。
日本の教育を受けてきた私にとっては、
もうフランスにきて、
3年以上たっても、
自分の意見をしっかり伝えるということは、
大仕事。
頭の中で、
しっかり用意した言葉を、
演出家の目をみて、
少しづつ、
口からこぼしていく。
言葉と一緒に、
用意していなかった涙までもが、
両目から、
ぽろぽろ、
こぼれていく。
27歳にもなって、
泣きながら、
出番が少ないことを訴えている状況に、
自分でも、思わず笑ってしまって、
なんだか、中学生みたいでごめんなさい、と謝る。
一ヶ月ぶりくらいに泣いたので、
(昨年はもっと頻繁に泣いていました…。)
みんなも心配して、
理由を聞いてくれたので、
台詞がなかなか覚えられないから、
出番が少ないのは当たり前なのだけれど、
もっともっと壁にぶつかりたかったんだ。
と、素直に気持ちを伝える。
今回、発見した「卑屈」の新たな性質は、
ぶり返しです。
ちゃんと意思を伝えて、
すっきりして、
自宅に帰宅したかと思うと、
さっきまでの恥ずかしさとか、
どうせいくらやっても無駄とか、
どうせ私なんかいらないとか、
どうせうまくならないしとか、
どうせ才能ないしとか、
「どうせ」節の波にのまれて、
あっという間に、
「卑屈」がぶり返してきました。
そこから、また1時間くらい泣き続けて、
泣きはらした自分の目が哀れすぎるのをみて泣いて、
泣いたまま眠ったら、
夢の中でも、
「卑屈」になっていたのか、
夜中に腹痛で目がさめる。
目の前に巨大な壁が現れて、
それを乗り越える苦しみは、
本当の苦しみではない。
そんな苦しみは人を輝かせる。
本当の苦しみは、
探しても探しても、
乗り越えるための大きな壁が現れないときである。
そんな時、
私は、「卑屈」になる。
「卑屈」になったときに、
一番やってはいけないことが、
「どうせ」節を他人にぶつけることである。
「どうせ」節は、
他人の免疫力もさげるし、
自分の免疫力もさげる。
「卑屈」は、
自分とだけ、
分かち合う。
分かち合いながら、
「乗り越えるための大きな壁」を、
一緒に建設してしまったらいいのかも。
何かに向かって戦っている人は、
かっこいい。
ただ、人間、いつだって、
ヒーローになれるとは限らない。
自分がヒーローの時もあるし、
隣の人がヒーローの時もある。
そんな隣の人がヒーローだった時、
一緒に素直に喜べるような「寛容」は、
どうやったら手に入るんだろう。
競争や、批評に常にさらされる演劇界で、
すらりと生き残っていくために、
俳優訓練期間には、
「卑屈」と上手く付き合いながら、
ライバル、そして、同志に対する、
「寛容」を手に入れることが、
絶対条件のように思われる。