『名前おに!!!』 IN コンセルバトワール

桜美林生演劇専修なら、
誰もが知っている、
「名前おに」というウォーミングアップ的な、
最高に盛り上がるゲームがあります。
ちなみに、MSNの相談箱に、
どんなゲームか、詳しく書いてありました。
http://questionbox.jp.msn.com/qa303087.html
コンセルバトワールに入ったとき、
絶対いつか、フランス人に、
「名前おに」の素晴らしさを、
教えてやるぞ!!
と、心に決めていたのですが、
案外早く実現!
朝、学校に行ったら、
先生が、
「香子に相談事があるんだけど…」
と話しかけて、
一体何かと思ったら、
日本の大学の授業でやったエクササイズを教えてほしいと言われました。
しかも、そんなこともあろうかと、
ゲームをいかに説明するか、
以前、辞書を使ってリハーサルしておいたので、
(勝手に。)
スムーズに、説明。
はじめは、ゲームの意図がつかめない様子で、
みんな戸惑っていましたが、
私が、率先して、
勝手に大声だして、「oui!!!!」
とか、返事しながらやってたら、
みんなも、のってきて、
しまいには歌いだしたり、踊りだしたりしながら走り回りました。
さすが、ラテン。
後半は、名前の代わりに、
それぞれが、それぞれに、
戯曲に出てくる登場人物の名前をつけて、
挑戦。
マイナーな現代戯曲などの登場人物の名前をつけられた人は、
全く名前を呼ばれない、と不満をいってました。
ちなみに、マクベスと名付けられた男の子は、呼ばれまくっていました。
さすが、世界のシェイクスピア。
30分後には、みんな疲れ果てていたけど、
大満足でした。
もちろん、私も大大大満足でした。
桜美林時代、
どんな現場にいても必ずやっていた名前おに。
どういう訳か、
みんな一瞬で「子ども」になれてしまう。

特別の終焉、そして中級の憂鬱

コンセルバトワールに入って、約3ヶ月。
なにせフランス語が話せない私は、
よくも悪くも、特別で例外でした。
ただのハンディーキャップとしか思っていなかったこの弱点に、
知らず知らずのうちに、
心底助けられていた様です…
クリスマス休暇があけ、
学校に戻ってみると、
突如として、
もう自分は、「特別扱い」してもらえないんだ、
と実感しました。
今までは、やりたくても仕方なくあきらめていたことも、
今では、ただの怠惰。
つまり、語学や、文化の違いも含め、
中級になってしまったようです。
仲のいい友達に、この現状を話してみたところ、
「今までは、言葉の壁というマスクをかぶってたけど、
それが、どんどんはがれてきて、
演劇本来の恐怖がでてきちゃったんじゃない?」
と言われました。
人が見ている前で、
自分の声と身体を使って、パフォーマンスすること。
演劇というシステムそのものが、
地獄のようなものだ。
目の前に人がいる限り、
満足させてやりたいもん。
100の失敗の可能性が、ひとつの成功の可能性の邪魔をしてくる。
確かに、私が、クラスで発表する場合、
どうしても、しょうがないよね、と許されてしまうところが多々ある。
それを、埋めるためにひたすら努力しているつもりだったけど、
実は、ちゃっかり利用して、
絶対安全区域から一歩も外に出ようとしてなかったのかしら、
と思います。
悪雲が立ちこめて来たとき、
何か行動を起こして、
ばっさり気持ちを切り替えて、
先に進む方法を、
考えるべきなのかもしれない。
でも、そうできないときは、
そんな悪雲の下で、
ピクニックとかしてみてもいいかもしれない。

調子に乗ってる場合じゃないと思ったこと。

『ハムレット』の有名なシーン、
「生きるべきか、死ぬべきか…」に続く、
オーフィリアとのシーンのオフィーリア役を頼まれ、
その場限りだと思って、
「いいよ!」と言ったのが、
2ヶ月前。
というか、頼んできた18歳の男の子があまりにも美貌すぎて、
断れませんでした笑
そして、これが、
困難の始まり…
やはり、国籍に関わらず、
役者として、合う、合わないはあります。
絶対に。
クラスでも、自然消滅していくシーンがいくつもあるのですが、
この『ハムレット』は、消えなかった。
つまり、台詞を覚えて本格的に作品に取り組むということ。
さらに、先生が、
「せっかくだから、その後に続くオフィーリアのモノローグまでやりなさい」
と、提案し、血の気が引きました。
シェイクスピアの日本語翻訳がすでに、
難しいように、
このオフィーリアの台詞を、私にとって、
もはやフランス語でもなく、
どこかの星の呪文を、暗記する感じ。
でも、彼は、さっさと完璧に覚えてくるわ、
クラスの女の子が、衣装を持って来てくれるわ、
ピアノが得意な男の子が、即興で加わることになるわで、
後には引けない状況…
今までも、週に1回のペースくらいで、
発表していたのですが、
最後くらい、台本なしでやってやろう!と意気込んで、
3日間かけて、
モノローグを完璧に暗記しました。
発表のときも、完璧だったのですが、
終わって、ディスカッションの時、
私のシーンに関しては、一切触れてもらえませんでした。
帰りがけに、ハムレット役の子に、
今日は、こうでこうでこうで、全然違っていた、
と言われ、
おもわず、
「意味を、完全に理解してても、
外国語だから、言葉が、身体に影響してこない。
だから、あなたがつけた演出が浮いてしまう。」
と、とても不毛なことをいってしまい、
しょうがないから、自分で、
「だったら、なんでフランス来たの?って話になるよね…」
と言いました。
正直、私は、
台詞をこんなに完璧に覚えて来たことを、
褒められると思っていたから。
先生にも、
他の人にも、
彼にも。
恥ずかしすぎる…
語学学校じゃないんだから、
誰も、私に、
発音の良さとか、テキストをすらすら言えることとか、
求めていない。
この瞬間に、
はっきり、もう「例外」は通用しなくなった、
と感じました。
というか、いままで、
なんだかんだ、
当たり前のように、そこに甘んじていたと思います。
もし、日本に演劇が存在してなかったら、
話は別だけど、
自分の国にも、
たくさんの可能性を孕んでいる演劇界が存在しておきながら、
フランスに来ている限り、
そういうこと、
いうんだったら、
自分の国で勉強しなさい、という結論に至って当たり前…
「逆境」にいるときは、
意地でも、「言い訳」だけは、
慎もうと思いました。
それは、自分をより「不利」な状況に導く。
夜、彼にメールで、
「すいませんでした、1月からもがんばります」
と、送ったら、
「人に何かを頼むとき、
可能性があるから、その人にお願いするのであって、
それは、外国人とかフランス人とか関係ない」
「でも、一人で、頑張ろうとするのだけは、やめてほしい」
と言われました。
たしかに、一人で苦労している気になって、
頑張ることって、
「演劇的」じゃない。
私は、いかに、そういう部分をクラスのみんなに見せないかが、
みんなと対等になれる鍵だとか、
勝手に思っていたけど、
私は、日本人で、外国人であることは、
どんなに頑張っても隠せない。
だったら、そういう「異物」として、
「異臭」を放てばいいでしょう。
そう考え直して、最終日の今日は、
ハート型にきった紙に、
みんなの名前をカタカナで書いて、
「クリスマス、おめでとう!」
と日本語のメッセージを添えて、渡しました。
みんなに、素敵なクリスマスが訪れますように◎
800px-Alexandre_Cabanel,_Ophelia
アレクサンドル・カバネル作 「オフィーリア」

クリスマスの演劇プレゼント交換!!

今週、月曜火曜と二日間かけて、
15区のコンセルバトワールの毎年恒例行事、
クリスマスの演劇プレゼント交換が、行われました。
予想以上におおきなイベントでびっくり。
3週間くらい前に、
上級生が、クラスひとりひとりの名前が書いてある
くじ引きを作ってきて、
みんなで引きました。
そして、誰がどの名前を引いたかわからないまま、
それぞれが、
くじに書いてあった人に向けて、
クリスマスプレゼントとしして作品を作る。
3週間、全然クラスでも話題に上らなかったのに、
ふたを開けたらびっくり。
みんな、完成度高すぎ。
基本的には、誰にも言っては行けないので、
ソロ作品になりますが、
その場で、数人に頼んで準備することも可能。
私は、1日目に、
オーディションのときから、
いろいろ教えて面倒見てくれていた上級生の男の子の、
プレゼントに、
まんまと泣かされました…。
私が、演出していたジャン・ジュネの『女中たち』という作品の、
マダム役に、女装した彼が出て来て、
私と一緒に作品を作っていた女中役の二人の男の子と一緒に、
シーンを発表。
女装が似合いすぎて、
足とか綺麗すぎて、
みんな爆笑。
そこで、終わりかと思いきや、
舞台からじっと私のことを見つめてきて、
何が始まるのかと思ったら、
日本語で録音されたメッセージが流れ始めました。
日本語を勉強してる友達に頼んで、
翻訳して録音してもらったらしい。
もちろん、他の生徒は何を言ってるのかわからず、
私だけ、嬉しくて泣いてしまいました。
メッセージのないようにも、
もちろん感動したけど、
今まで、3ヶ月やって来て、
一回も、完璧に人が言ってることを理解できたこと一度もなくて、
でも、彼のおかげで、
そんな贅沢を味わうことができて、
このアイデアが何よりも嬉しかった。
これこそ、私だけが嬉しいプレゼント!
発表が終わった後、
みんなにせがまれて、
そのメッセージを彼がフランス語で読んで、
何故かみんなも泣いていた笑
2日目は、私が、プレゼントを送る方。
演出クラスを一緒に受けている、
上級生の女の子。
彼女とは、何かと共通点が多く、
クラスでも、24歳で、最年長同士。
彼女に対して、強く強く女性的な部分を日頃から感じていたので、
絶対に、「女」をテーマにした作品を作ろうと思っていました。
もう一つは、
何か自分が祝われるとき、
人数が多ければ多いほど嬉しいものだと思い、
(サプライズのバースデーとか。)
最終的には、全員で出来るものにしようと計画。
ここまでは、
好かったのですが、
一人に、向けて作品を作るって、
これは、相当難しい。
しかも、全員の前で発表する訳だから、
そこから、出発して、
最終的には、パブリックなものにしなければいけない。
ぎりぎりのぎりぎりまで、
考えて考えて、
まずは、全員に舞台上にバラバラに座ってもらい、
彼女が、国立のオーディションに向けて取り組んでいる、
アルバン・ベルク原作の『ルル』という、
(あらすじ:http://ja.wikipedia.org/wiki/ルル_(オペラ)
誰でも受け入れてしまう魔性の女の物語をモチーフに、
生まれて初めて書いた、
フランス語の短いモノローグを、
超ブラックに(クリスマスなのに)演じきった後、
「ルルー!!!お芝居はおわったよー!!!」と叫んで、
彼女以外のみんなに、
彼女の好きなところが書いてある紙(演出付き)
「私はアンナのことが好きです、なぜなら〜だからです。」
を、
引いてもらい、
演じてもらいました。
最後に、
私が、最後の1枚をひいて、
「私はアンナのことが好きです、なぜならアンナだからです。」
と、言って終わり。
彼女も、終わった瞬間に
ぽろぽろ泣いて喜んでくれて、
とても嬉しかった。
このイベント、
どのペアも大満足で終わったけど、
かなり芸術の根底のような気がしました。
与える側と、
与えられる側。
喜ぶ側と、
喜ばす側。
相手のことを、ひたすら考えて、
しかも、
くじ引きで決まった訳だから、
普段から同じクラスとはいえ、
仲がいいとは限らない。
目の前にいる人を、
動かすことって、
こんなに「間接的」にも、
作用するものなのかと、
考えさせられました。
きっと、人間が、
何かに動かされるときって、
なにか巨大な力ではなく、
針みたいなもので、
人それぞれが違う、
ある「点」を刺されることで、
作用してしまうのかも。
結局、その「点」を探し出すために、
膨大な情報と、
巨大なエネルギーが必要なのだけれど。

マリオネットの公開授業

18区のコンセルバトワールで開かれている、
マリオネットの授業が一般公開されるということで、
サン・ジェルマン地区の劇場へ。
MPAA SAINT-GERMAIN
http://www.mpaa.fr/Programme?year=2011&month=12&day=03&event=Initiation-aux-arts-de-la-marionnette&e_id=2781
18区の生徒の数人とは、演出のクラスで一緒に授業を受けているので、
知っている顔もちらほら。
劇場の舞台で、授業が行われていて、
私たちは客席で見学するかたち。
フランスには、
国立のマリオネット専門の学校があって、
Ecole Supérieure des Arts de la Marionnette
http://www.marionnette.com/
先生のニコラとアレキサンドラは、
この学校の卒業生。
現在は、自分たちのカンパニーで作品を発表しつつ、
18区のコンセルバトワールで週に3時間、教えているそうです。
この授業もオプションなので、
私たちも選択することが出来るのですが、
自分たちの必修授業と時間がかぶっているため、選択不可能。
むしろ、今日まで、
マリオネットなんて、一切興味がなかったので、
私は、調べてもいなかったのですが、
今日の公開授業をみて、
一変…!!!
たった1時間の公開授業+質疑応答だったのですが、
結局、先生や18区の友達に質問したいことがありすぎて、
3時間も長居してしまいました。
まず、基本的なエクササイズから。
俳優は、床に寝て、片手にマリオネット(表情のない白っぽいニュートラルなもの)をかぶせ、
肘で固定して立たせます。
そして、ひたすらマリオネットに集中する。
マリオネットをつけずに、自分の手でやることもあるそうです。
ここで、何の感情も持たないはずのマリオネットが、
自分自身の身体から発せられる微々たる動きによって、
いろんな表情を見せてくる。
徐々に、言葉を使い、
マリオネットを通して、自分に関わる。
「起きて!朝だよー!!」
横たわっている自分の身体に、コンタクトする。
次は、立って、
2種類の対照的なエクササイズ。
1つ目は、マリオネットにイニシアティブをとらせ、
俳優が動かされる。
このとき、俳優は極力無表情。
マリオネットが、俳優の身体にふれたり、接触をこころみることによって、
俳優の身体は、完全に受け身。
むしろ、俳優がマリオネットのように見えてくる。
2つ目は、マリオネットを固定させ、
その周囲を俳優が動き、
マリオネットに関わりを持っていく。
前者とは、反対で、このときのイニシアティブは俳優。
俳優は、自分の動作に意味を持たせたり、感情を持たせたりすることが出来る。
ここで、おもしろいのが、
結局、マリオネットも、マリオネットに対している俳優も、
自分自身だということ。
自分と向き合っている、マリオネットを生かしているのも自分自身だということ。
この点が、俳優の訓練に、大きな作用をもたらすと、
先生は言っていました。
俳優は、マリオネットを介して、
自分の身体を操っている。
相手に、影響を与えるときと、
相手から、影響を受けるとき、
この二つがクリアじゃないとマリオネットは決して成立しない。
同時に、俳優は、自分とマリオネットの間に生じる、
距離を操作することによって、
空間を把握することも求められる。
最後に、この公開授業を企画したプロデューサーが、
今まで、マリオネットは、
マリオネットの作品のためだけに、
使われてきたけど、
俳優がより繊細になるための訓練として、
非常に役立つはずだ、と言っていました。
日本の人形劇の場合、
浄瑠璃にしても、ひょっこりひょうたん島にしても、
操作している俳優は、
顔や姿を隠していて、
人形と直接コンタクトするなんて、もってのほかですが、
フランスでは、
両方あるようです。
もちろん、俳優の訓練としては、
常に、自分と対峙させることが重要なので、
棒に糸をつけて操るよりも、
自分の手に直接かぶせるパペットタイプの方が、多いそうですが。
それにしても、奥が深い。
マリオネットのサイズも、重要なポイントだと思う。
ちょっとでも、指先が動いただけでも、
マリオネットの小さな身体には、大きく作用し、
そっぽを向いたようにも、
首を傾げたようにも、
うなずいたようにも見える。
ペットボトルの中の水を、4分の1くらい飲んでおくと、
水は、ずっーと形を変えてく。
この25%くらいのミステリーが、
あり得ないほど巨大なイマジネーションを孕んでいると思うと、
恥ずかしながら、
ドキドキしてしまう。