素晴らしいと言われている作品に、全く感動できなかったらどうしよう?

アビニョン演劇祭から、こんにちは。
アビニョン演劇祭に通い始めて、
なんだかんだ、4年目の夏となりましたが、
初めて行った年に、
一番の感銘を受けたのが、
アーティストと観客による、
le débat(討論会)のコーナー。
アフタートークのような、
オプション的な感じではなく、
公演とは全く関係のない時間と場所に、
たくさんの人たちが集合する。
この熱気に圧倒されて、
議論されていることがわからない、
言いたいことが言えない、
フラストレーションに押しつぶされそうになりながら、
この熱気の居心地の良さに包まれて、
毎日、会場に足を運んでいました。
そして、今年、
…、
内容がわかる!!!
感動。
私にとっては、
この熱気に魅了されて、
フランスに来たということもあるので、
演劇作品をみて、
内容がわかることよりも、
100倍の感動。
最近は、
良くも悪くも、エゴイストなので、
感動という単語をついつい、
外からの刺激よりも、
内面の変化にばっかり使ってしまう。
さらに、演劇祭中は、
毎朝11時から、
“Atelier de la pensée” (考えるアトリエ)という、
入場無料のプログラムが開催されており、
演劇関係者だけにとどまらず、
哲学者、社会学者、政治学者、科学者などなど、
さまざまな観点から演劇について語る講演会が行われています。
http://www.festival-avignon.com/fr/la-programmation/14-07-2014/ateliers-de-la-pensee
まさに、
私にとって、
アビニョン演劇祭は、
俳優である前に、
「観客」の養成講座。
先日、
友人に勧められ、
INのプログラムである、
イスラエルのダンサー、Arkadi Zaides(アルカディ・ザイディス)
の作品を観てきました。
『ARCHIVE』ARKADI ZAIDES
イスラエル軍による、
パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃が続いている中での、
B’Tselemと人権団体が、
イスラエルーパレスチナ戦が行われている地域Cisjordanieで、
内密に撮影した映像との、
コラボレーション作品。
アルカディ・ザイディスは、
バットシェバ舞踊団等でダンサーとして活躍した後、
2004年より振付家として活動開始、
現在はテルアビブを拠点として活動。
日本では、
神楽坂にあるセッションハウスでも、
いくつか作品を発表しており、
2012年のダンストリエンナーレトーキョーで、
2009年に制作された『Quiet』という作品を上演しました。
http://datto.jp/artist-arkadi-zaides


自分が歩んできた人生と、
生きてきた環境も、
社会への問題意識も、
アイデンティティーに対する問いも、
なにもかも、接点のないアーティストの作品。
アビニョン市内から、
1時間に一本しかない、
市バスに20分ほど乗らないと、
たどり着けない会場であるにも関わらず、
会場には、当日券を待つ人の数がすでに、
30人以上。
期待高まる中、
公演が始まっても、
なかなか、作品の中に入っていけない。
わかろうとすれば、
わかろうとするほど、
ますます作品に遠ざかられる感じ。
どんどん作品にのめり込んでいく、
となりの観客を横目に見ながら、
私の集中力は落ちていくばかりで、
終いには、
全く理解できない自分に劣等感すら感じる。
1時間15分の公演の終演と共に、
飛交う、「ブラボー」の声。
知らぬ顔をして、
拍手をする、私。
そこで思い出したのは、
最近出会った人の言葉。
「ノー」というのは、簡単。
誰でも、できる。
「イエス」ということこそ、難しい。
全く分からなかった作品に出会って、
つまらないということは簡単。
今思えば、
若いくせに、
たくさん「つまらない」という言葉を、
濫用してきた気がする。
いま、
ようやく、
アビニョン演劇祭の
観客養成講座的側面:知らない世界と出会うこと
つまり、
世界を違う角度から見ること、
を知った今、
「つまらなかった」から、
「わからなかった」から、
辞書を片手に、
プログラムをいつもより、
一生懸命読んでみようと思った。
逆に言えば、
アーティストの使命は、
観客にこのような「気持ちわるさ」を与えることなのかもしれない。
自分が持っている価値観だけでは、
どうにも、
処理できない作品に出会ったとき、
新たな世界の見方を、
追加せざるを得ないような、
ちょっと「やっかいな」作品。
あいかわらず、
アーティストへの道は、
険しく、遠いので、
朝は、講義聞きにいって、
夜は、観劇して、
昼間はちょっと休憩。
ぴんく

燃え尽き症候群からの脱出法。

燃え尽き症候群という言葉を調べてみると、
自分が思っている定義とは、
正反対のことが書かれていました。
燃え尽き症候群(英: Burnout Syndrome)
一定の生き方や関心に対して献身的に努力した人が期待した報酬が得られなかった結果感じる徒労感または欲求不満。
私の個人的な解釈としては、
舞台の本番後に、
必ずといっていいほど訪れる「虚無感」
「虚無」という言葉に初めて出会ったのは、
ミヒャエル・エンデ『モモ』の本の中。
何もない。
悲しくも、
嬉しくもない、
ぼんやりとした、
からっぽの「虚無」が、
自分の身体に出現する。
さて、
この「虚無」やらと、
どうつき合っていくか。
フランス語で、
“accrocher”という単語がある。
なんてことはない、
コートをコート掛けにかけるときに使う、
「掛ける、引っ掛ける」という動詞。
ただ、この動詞、
自動詞になると、
「人目を引く、うまくいく」
という意味があり、
さらに、代動詞になると、
「しがみつく、頑張り抜く」
という意味になる。
燃え尽き症候群気味だった、
夏休みの始まりに、
信用する人からもらった言葉、
“Acrroche-toi.”
コート掛けに、
軽く掛けたコートがずり落ちないように、
普段の生活から、
しっかり自分の目標にしがみついて、
人目も少々気にしつつ、
精神をしっかり維持する力。
”Accrocher”は、
そんなさわやかで軽快な、
現状維持の小さなコツかも。
インプットの時間だからこそ、
出会ったものに、
時間が許す限り、
”Accrocher”してみる。
アウトプット時、沸騰し続けた興奮とは、
また異なるタイプの低温調理。
そんな私は、
7月頭から、
毎年おなじみのアビニョン演劇祭のため、
アビニョンに滞在しています。
http://www.festival-avignon.com/fr/
まち
5日には、
モンペリエの国際ダンスフェスティバルで、
大好きなアーティスト、
ヤン・ファーブルが作品を発表したので、
1日だけモンペリエに戻りました。
アビニョンから、モンペリエは電車で1時間。
モンペリエは、市内から、
トラムにのって、15分で海まで行けるので、
アビニョン滞在中の皆さん、
モンペリエに日帰りで遊びにいくのもオススメです。
それはおいといて、
ヤン・ファーブルの新作を、
50人規模の小さな劇場で観劇。
贅沢過ぎる。
JAN FABRE ATTENDS, ATTENDS, ATTENDS… (POUR MON PÈRE)
そして、もう一本、
ずっと観たかった、
2011年にアビニョン演劇祭で初演された、
ボリス・シャルマッツの「こども」という作品。
BORIS CHARMATZ ENFANT


モンペリエダンスのスタッフから、
この革命的な公演をモンペリエに住んでいながら、
見逃したら一生後悔するとプッシュされ、
アビニョンから、一日里帰りしたけど、
本当にその甲斐がありました。
客席も、
パリの劇場とは全く異なり、
夏休みだからなのか、
会場は、家族連れでいっぱい。
まるで、
小学生の時、
母に連れられて観にいった、
ミュージカル『ピーターパン』の客層。
ただし、内容が超コアなコンテンポラリー・ダンスという、
ちょっと日本では考えられない異様な雰囲気で、
観客マニアの私にとっては、
この会場でこの作品を観られたことがとっても満足。
ということで、
アビニョンに戻って、
昼は、フランス語の試験の勉強、
夜は、観劇な、
ちょっと日本人の私にとっては、
罪悪感を感じてしまうような
のんきな日々だけれども、
すべてのことに、
そして、出会う人たちに、
強く”accrocher”をして、
新学期に向けて、
自信をもって「夏休み」します。

この人の存在をどうしても多くの人に知ってほしい。

私の人生において、
生涯、
賭け事にはまることはないだろうと思う。
なぜなら、
私にとっての賭け事は、
舞台芸術だから。
モンペリエに引っ越してから、
どうしても観たい作品があれば、
1ヶ月に2度あるかないかの、
貴重な週末休みに、
往復7時間と、
交通費約15000円かけて、
パリにとんぼ返りする。
しかも、
学校の休みがいつとれるか、
直前までわからないので、
チケットはたいてい完売、
当日券に並ぶ。
今回の賭けは、
完全に、
ハイリスク、ハイリターンに終わった。
お目当ては、
THÉÂTRE DE LA VILLEで上演中だった、
Dave St-Pierreの千秋楽。
1時間前に、劇場に到着するも、
すでに、当日券待ちの長い列。
3時間半かけて、
観に来ているのに、
観れないなんて、
考えられない。
出演するわけでもないのに、
緊張とストレスで、
手汗がにじむ。
開演予定時刻5分過ぎに、
前方に並んでいた人たちが、数人入場。
10分過ぎになって、
ようやく当日券最後の5枚が発券され、
チケット入手。
2012年にクリエーションされた作品、
『Foudres』
http://www.theatredelaville-paris.com/spectacle-Foudres-635

これこそが、
パリ、THÉÂTRE DE LA VILLEのレベル。
完成度の高さの上にしか、
君臨し得ない、
絶対的な「破壊力」
圧倒的なテクニックの上にしか、
君臨し得ない、
突き抜けた「バカバカしさ」と「下ネタ」
私が20歳のとき、
初めてフランスに行って、
一瞬で魅了されてしまった劇場、
パリ市立劇場(THÉÂTRE DE LA VILLE)
昨年、6月に、
2014年度プログラムが、
発表された。
その中で、
目にとびこんできて、
思わず、手帳にメモした、
名前もきいたことがなかった、
カナダの振付家Dave St-Pierreの言葉。
«Je déteste la mièvrerie. Je déteste la tiédeur. »
(私は、甘ったるいのが嫌い。生温さも、大嫌い。)
そして、
ビル・ワターソンの漫画「カルビンとホッブス」から
彼が引用していた言葉。
« Le bonheur ce n’est pas assez pour moi. Je demande l’euphorie. »
Bill Watterson, B.D. Calvin and Hobbes
(私には、幸福では、物足りない。私が求めるのは、「陶酔」。)
彼は、17歳のとき、
寿命は30代と言われている
嚢胞性線維症
と診断される。
そこで、
死を間近に控えた身体が産み出す、
彼の身体の物語と彼自身の歴史:ダンス。
そして、2011年には、
彼の親友であり、
創作のパートナーであるBrigitte Poupartが、
彼のアーティストとしての半生を描いたドキュメンタリーを発表。
JUTRA 2013で、
最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。


ニューヨーク、MoMAでも、
上映された。
http://www.moma.org/visit/calendar/film_screenings/14761
舞台芸術は、
この世で、
もっともハイリスクな賭け事。
生身の人間の、
生身のアート。
Dave St-Pierreのキーワード、
“Foncer” : 突き抜ける。
いつ何が起こるかわからない、
人間の儚さや繊細さを、
嫌というほど味わってきたアーティストだから、
中途半端なことはやらない。できない。
大嫌いか、
大好きか、
それ以外の感想は存在しない。
大嫌いか、
大好きか、
その感想がもらえたら本望。
終演後は、Dave St-Pierre本人が、
舞台に登場し、
スタッフ、ダンサー、ひとりひとりを紹介。
シャンパンまで出てきて、
客出ししながら、
舞台上で打ち上げ。
本当に、
最後まで、
何が起こるかわからない。
これだから、
どんな予定も振り切って、
顔も知らない1000人とのランデブーを、
優先せずにはいられない。
ちなみに、
彼の傑作と言われている、
私は、今回観れなかった作品のビデオを発見。
『UN PEU DE TENDRESSE BORDEL DE MERDE ! (2006) 』
http://www.numeridanse.tv/fr/catalog?mediaRef=MEDIA110105165830144

演劇渇望 〜フランス版「トヨタコレオグラフィアワード」のすすめ〜

フランスの劇場は、7月の中旬から9月の中旬にかけて、
世の中と一緒に、
大規模な夏休みをとります。
という訳で、
アビニョン演劇祭などのフェスティバルを除いて、
一切演劇が観られなくなる。
そろそろ限界だった今日このごろ。
まさしく、
演劇渇望。
イギリスの劇作家『4.48サイコシス』で有名なサラ・ケインの98年の作品に、
『渇望』という作品がある。
英語の原題は、”Crave”
そして、
フランス語の翻訳は、”Manque”
英語のCraveより、よっぽど頻繁に使われる単語。
例えば、英語の ”I miss you.”は、
フランス語で ”Tu me manques.”
あなたが恋しいのではなく、
直訳すると、
あなたが足りないということになります。
前置きが長くなりましたが、
まさしく、
最近の私は、決定的に、
Engeki me manque!!!!!
演劇不足。
演劇渇望。
ということで、
パリで一番のお気に入りの劇場、
Théâtre de la Villeの今シーズン開幕と共に、
とりあえず、最初のダンス公演のチケットを購入。
台湾の三兄弟ダンスカンパニーによる、
CHANG DANCE THEATER COMPANY『THREE FOR ONE – VAULTING – COMPOSE』
を観てきました。
http://www.theatredelaville-paris.com/spectacle-ThreeforoneVaultingCompose-619
出演者全員が20代という衝撃の若さと思いきや、
なんと、Théâtre de la Ville主催の若手ダンスコンクール
「Danse élargie」の去年の第2位入賞者だったのです。
まさしく、フランス版「トヨタコレオグラフィアワード」
http://www.danse-elargie.com/
昨年は、14カ国から書類審査で選ばれた20チームが本選に参加。
ヨーロッパの国がほとんどですが、
アジアからは、台湾と日本から。
そして、2位までのカンパニーが翌年のThéâtre de la Villeのプログラムに、
プロのカンパニーに交じって組み込まれる。
しかも、シーズン開幕作品として。
今年、選ばれたのが、台湾のカンパニーということは、
もちろん日本のカンパニーにも、
チャンスがあるということ。
私が、フランスに来るきっかけになったのも、
3年に1度の受験が行われる、
超難関校レンヌの高等コンセルバトワールの
15人の枠の中に、
韓国人の生徒がいることがわかったことでした。
そういえば。
フランスは、ヨーロッパの中で、
最も、
「来るもの拒まず去るもの追わず」
な国だと思います。
中に入ってみるのは、
以外と簡単なことで、
入ってから、とどまることのが難しい国です。
(公演中、日本で活躍している桜美林の同期のメンバーが、
この舞台に立つことができたら、
どんなに素敵だろう、とドキドキしながら観ていました。)
公演後のカーテンコール、
私以外の観客の中にも、
「演劇渇望」症状が出ていた人が多かったのか、
客席の熱気と歓迎の暖かさは、
あまりにも居心地がよく、
思わず、大家族の中にいる気分になってしまう。
次回のインフォメーションはまだ出てないのですが、
毎年、1月に書類審査、
6月に本選が行われているようです。
GO!!!!
(去年のコンクールの様子)
※映像の中に金魚の鈴木ユキオさん発見!(2’53)

テレビで『空飛ぶ広報室』が無料で観れるのに、それでも劇場に行くか?

現在、TBSで日曜日毎週9時から放送している『空飛ぶ広報室』
http://www.tbs.co.jp/soratobu-tbs/


日本のドラマが海外でも人気なのは、有名な話ですが、
日本のドラマのクオリティーはもちろん、
特に目を見張ってしまうのは、45分における腹八分目のドラマツルギー。
2週間前にこのドラマの存在を知ってから、
日本を離れて以来、
はじめて、連続ドラマの虜になってしまいました。
原作は、近年一躍人気女性作家となった、有川浩さん。
最近公開された映画『図書館戦争』『県庁おもてなし課』の原作者としても、注目されています。
彼女が売れっ子になる前に書かれていた作品が、
『塩の街』『空の中』『海の底』の自衛隊三部作。
そして、2012年に発売された『空飛ぶ広報室』は、第148回直木賞候補にもなった作品です。
このドラマにおける、普遍的感動ポイント。
①9条改正問題で自衛隊の位置づけが話題になっている現状での「自衛隊の広報室」というテーマ性。
毎日新聞社説:憲法と「9条改正」 武力行使偏重は危うい
②主人公だけではなく、登場人物ひとりひとりにスポットがあたっていく構成。
③明日も頑張ってみよう!と思わせるポジティブ仕立て。
特に、大事なのが、③の単純に勇気と元気を与える、という点。
このドラマを休日に観るのを楽しみにしながら生活していた、
私が、最近観劇した圧倒的な作品2本。
まずは、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル率いるローザス
ROSAS COMPAGNIE『DRUMMING LIVE』
1998年初演映像

公演時間は、60分。
ただ、この60分の間に、確実に「宇宙」に連れ去られた時間があったので、
少なくても120分以上は、経過していると思ったのですが、
現実の空間で、経っていたのはやっぱり60分。
空間を歪ませることのできるアーティストに出くわすことはよくあるけど、
時間を歪ませることのできるアーティストは、
もはや、神の次元。
最後のシーンでは、舞台上だけではなく、
観客席の時間までが、3秒が10秒くらいにのびて、
さらに、10秒くらい完全に時が止まっていた。
嘘のようだけど、
本当のはなし。
その証拠に、終演後は、ぐったりしてしまって、
2時間くらい喫茶店で休んでしまいました。
ちなみに、ビデオ作品『Rosas danst Rosas』も絶品。

そして、2本目は、ヤン・ファーブルの新作、
JAN FABRE『TRAGEDY OF A FRIENDSHIP』
なんと、こちらは、3時間20分休憩なし。
これを、聞いただけで、劇場の閉塞感からすこしの恐怖が生まれる。
『ファーブル昆虫記』の著者ジャン=アンリ・ファーブルを、
ひいおじいちゃんにもつアーティスト。
私は、舞台芸術作品より前に、
ブルーのBICボールペンだけで描かれた彼の絵を観て、
大ファンになりました。
Fabre 5
Jan Fabre Materialisatie van de taal / Materialisation of Language 1987 series: Het Uur blauw/ The Hour Blue Bic ballpoint pen on paper 1500 x 2000 mm Private Collection Courtesy Deweer Gallery, Otegem VBK, Vienna 2010; Photo: Angelos
それにしても、観客は帰る、帰る。
最後には、ほぼ満員だった客席の3分の2以下しか残っていませんでした。
この作品に関しては、また詳しく言及したいと思うのですが、
序盤の女性が男性に犯されるシーンでは、
観客が「スキャンダル!」と叫ぶ出す始末。
彼の大ファンの私にしてみれば、
3時間20分は、『空飛ぶ広報室』一話分の45分程度に過ぎず、
なんだかまだ物足りない感じで、
深夜0時に終演したのですが、
持て余してしまうほど、元気でした。
こんな圧倒的な作品を2本観ても、
それがダイレクトに、
『空飛ぶ広報室』のように、
「明日も、頑張るぞ!」と思えるわけではないのが、
残念なところ。
おそらく、劇場は、地球よりも宇宙に近い。
よく、現在空で輝いている星の光は、遠い昔の光だと言われます。
例えば、万光年のところにある星の光は、
光の速さで1万年かかって地球にたどりついているので、
天体望遠鏡で見ているその星の様子は、
1万年前の様子になるそうです。
あの時過ごした時間が、
今も、
私の身体の中のどこかで、
私の身体の周りのどこかで、
もしくは、
私の身体が行ったこともないどこかで、
衝突とか、分裂とか、合体とかを繰り返しているなら、
あえて、
劇場までわざわざ出向いて、
「宇宙」が現れるのを期待しながら待ってみてもいいと思う。
だって、
「宇宙」では、いつ、何が起こるかわからないから。
見逃すわけには、いかない。