因縁の演劇学校で教育実習:平田オリザ『S高原から』

レンヌ国立高等演劇学校(TNB)でのめくるめく2週間の教育実習が終了。

教育実習のはずが、私も生徒さんたちに混じって、平田オリザ戯曲『S高原から』に出演。

舞台、最高。

先月私は渡仏10年目を迎えたのだが、

そもそも渡仏を決めるきっかけになったのがこのレンヌ国立高等演劇学校(TNB)である。

この学校はブルターニュナショナルシアターに付属する学校なのだが、

当時、この劇場で働いていた知人から、ここの学校の生徒に韓国国籍の生徒がいる、という情報を入手。

試験は3年に一度年齢制限25歳までだが、フランス語が話せれば合格の可能性もあると思い、

当時23歳の私は、家に帰ってインターネットで調べた結果、翌年に3年に一度の試験が予定されていることがわかり、その1ヶ月半後には無謀にもすでにパリにいた。

1年間区のコンセルヴァトワールで修行し、初めてできた親友ふたりとTNBの試験に臨む。

私は一次審査をなんとか通過したものの二次審査で落ち、文字通り三日三晩泣き続けた。

あんなに断続的にひとつのことで泣いたのは、あのときが最後だと思う。

そして800人の受験者のうち15人合格という狭き門に、親友ふたりが合格し、ふたりはTNB入学のためパリを離れたので離れ離れになる。

その翌年私は年齢制限ぎりぎりでモンペリエの国立演劇学校に合格するものの、TNBの存在は常に頭の片隅にあり、苦い思い出は身体に沈殿していた。

2016年に学校を卒業し、俳優として初めて参加したフランス国内ツアーリストにTNBの名前を見つけた時は、目頭が熱くなった。

その後、頻繁に仕事をしていた演出家がTNBのアソシエイトアーティストとなり、年のうちの2ヶ月はTNBで滞在制作、毎年、なんらかの作品でTNBの舞台を踏んでいた。(コロナ騒動が始まる前の最後の舞台もTNBだった。)

そして今回の教育実習。本来は長年一緒に仕事をしてきた演出家のもとで、リールの国立高等学校のマスタークラスにて実習を予定していたが、コロナで日程の変更がおき、急遽きまったTNBのマスタークラスによんでもらえた。

しかも、課題は平田オリザ『S高原から』。

ずっと足を踏み入れたかった憧れの演劇学校の広大なリハーサル室にて、毎日14時から22時まで、卒業を間近に控えた3年生と稽古。

役が一人分余ってしまったので、なんと私も出演することに!

作品について、日本について、興味津々の生徒たちからたくさんの質問をうける。

ドラマトゥルク的な立場をまかせてもらい、生徒たちとたくさんのディスカッションを交わした。

また、卒業後の進路相談にものったり、9年前に号泣していた私に自慢したい気分だった。

大学生のとき、『S高原から』桜美林大学の生徒たちによるバージョンを観劇した。

当時演劇には主役と脇役が必ずあると思っていた私は、主役も脇役も存在しない舞台に衝撃を受けた。

さいたま育ちの私は、彩の国さいたま芸術劇場の蜷川さんの舞台を多数観劇していて、

舞台は俳優を観に行くものだと思っていた。

観劇後は、母親とどの俳優がよかったかという話をすることが一番の楽しみであった。

しかし、『S高原から』では、あまり俳優のことを覚えていない。

自分史上初めての演劇「作品」観賞と言えるかもしれない。

「舞台芸術作品」として、浮き上がる空間と時間に立ちあったことで、良くも悪くも混乱した。

この私が受けた衝撃は、フランスの演劇学校の生徒たちの中にもあったようだ。

俳優が、自分の演技に集中すればするほど、ひとりで役を構築しようとすればするほど、作品としては成立しない。

演出家は「団体競技」としての演劇を体感させるために、この戯曲を選んだという。

ひとりひとりが頑張ることで成立する作品ではなく、

意識をひろげ、外の世界に耳をすますことでしか成立しない戯曲。

俳優に「演技」ではなく、「演劇」を学ばせるうえで、最高の戯曲と言っていた。

リハーサル開始当初は、間投詞が随所に散りばめられた独特の台詞に困惑した様子の生徒たちだったが、

徐々に、自分が目立とうとすることから解放され、全体でつくりあげた「ムード」に自ら溶け込んでいく過程を楽しんでいるようにみえた。

10月の公演を最後に、フランスの文化施設は閉じられたままで、

本番がない5ヶ月近くの時間を過ごしてきた。

最終日、関係者のみであっても、30名ほどの観客を迎え、上演をすることができた。

公演前の緊張で震える感覚に、懐かしさが止まらず、ちょっと泣きそうになる。

私が演じた役は、大きなスリッパを履いて舞台を横断する役だったので、

レンヌの街で演出家とスリッパを探し回り、

突如見つけたピカチュウのスリッパにはかなり興奮し、即買いした。

「愛にできることはまだあるよ」

私自身も、モンペリエの学校に入学する前に、2年間体験した、

フランスの国立高等演劇学校受験戦争。

この受験戦争っぷりを日本人に説明するのは非常に難しい。

なぜならたかが演劇学校ではないからである。まさに、タイムリミットと人生のかかった演劇受験戦争である。

今週は、毎日9時から17時の間、1時間ごとに、生徒たちがやってきて、受験で発表するシーンを稽古した。

各々がパートナーたちをひきつれて3シーンづつ発表するので、単純計算で1日24シーン。半日だった日を入れても5日で約100シーン見たことになる。

13時-14時で休憩が予定されているが、だいたい稽古が長引くのでお昼休憩は30分たらず。

毎日8時間近く3分間のシーンを見続ける。

今年は、コロナの影響でフランス一番の名門パリ国立演劇学校(CNSAD)が、毎年実施している受験を取りやめにするという大事件が起こった。毎年2000人近くの受験者が集中するCNSADの受験がなくなるということは、その分他校の受験倍率が高くなる。

今年は、フランス国内では、サン=テティエンヌ、モンペリエ、リヨン、カンヌ、レンヌの受験が開催され、フランス語圏であるスイスのローザンヌや、ベルギーのリエージュ、ブリュッセルの国立演劇学校を受験するフランス人の学生も多々。

受験資格

•18歳以上26歳未満

• 演劇クラス専科(週35時間以上)を区のコンセルバトワール、県のコンセルバトワール、もしくは、民間の演劇スクールにて1年以上受講している。

• バカロレア(高校卒業資格)を取得している。

• 5回以上受験することは不可。

• フランス語が流暢に話せる。

受験課題

一次審査および二次審査

1. 古典戯曲 (ダイヤローグ)

2. 現代戯曲 (ダイヤローグ)

3. 自由課題 

最終審査

1週間のワークショップ(現地滞在)

先週は、コロナの影響で、コンセルバトワール内で昼食をとることができなかったので、

毎日パリの観光名所、『ジュテームの壁』の前で、愛を補充しながら、ひとり寂しくおにぎりを食べていた。

今週は一転して、おにぎりをふたつ食べる終わる暇もなく、次の生徒さんたちが来るという怒涛のスケジュール。

私の担当教員は、以前の私の先生で、当時彼が8区のコンセルヴァトワールで教えていた時は、受験成功者を最も輩出させるコンセルヴァトワールとして非常に有名だった。

私は、区のコンセルヴァトワールでは、長期滞在ビザが更新できなかったので、2週間で泣く泣く彼のもとを離れ県のコンセルヴァトワールを受験し、進学したのだが、彼の演劇教育に以降ずっと影響を受けていた。

今回7年ぶりに教育実習申請のため連絡をとったところ、快諾してくれて、憧れの先生と毎日8時間一緒に過ごすことになる。そして、毎日飯の数と同じだけ泣いていた受験時期を経て、受験生たちにあーだこーだいう日がきたのだから、「事実は小説より奇なり」。

担当教員と一緒に、受験指導に勤しんだが、頭の中では、『天気の子』の主題歌、『愛にできることはまだあるかい? 愛にできることはまだあるよ』が、ずっと流れ続けていた。

何しろ、この先生からは常に愛が溢れているからである。

もちろん、先生から紡がれる言葉の一言一言が、非常に有益でためになるのはもちろんなのだが、すべては、「愛」が前提にあるから通用することだと痛感する環境にある。

こんな世の中だけど、「愛にできることはまだあるよ」と30秒に一回くらい思わせられる。

それほど、生徒さんたちがくるくると変化していく。

元々有名な俳優であったこと先生に、メソッドというものはない。

すべては生徒からでてきたものを伸ばすお手伝いスタンス。

巨匠、カリスマというイメージとは程遠く、まるで、演劇を先月始めたばかりで楽しくてしょうがない少年のようなスタンス。それは、午後になっても変わらない。

教職取得のために、60ページの論文を提出しなければいけないのだが、この「愛」を文章化するのは難しい。

せめて、演技について。私が今週100シーン近くの受験用課題を見続けてわかったことをひとつ。

俳優は、「状態」を演じようとすると失敗し、「状況」を演じようとするとうまくいく。

例えば、受験シーンは3分しか見てもらえないので、ほとんどの俳優が、ダイヤローグシーンであっても、役の「状態」を演じようとしてしまう。怒っていたり、怖がっていたり、悲しみに打ちひしがれていたり。

しかし、演技はそもそも「状況」と「関係性」の中でしかうまれてこないものなので、「状態」をみせられると、観客としては、なんだかすごい準備されてきたっぽい「パフォーマンス」を見せられている気になる。

しかし、ドラマツルギーとテキストから「状況」を構築されているシーンには、それに付随する関係性がうまれ、その状況に必要不可欠な演技が伴ってくる。

ある生徒が、アルフレド・ド・ミュッセの1834年に書かれた『戯れに恋はすまじ』という作品のワンシーンを発表した時、古典がゆえに、フランス語の表現も非常に難解だったのだが、私は一発で内容がわかり感動した。

彼らの演技が、自分を魅せるものではなく、シーンの「状況」に非常にあったものだったので、完全に観客として観てしまった。私が、彼に、「非常に素晴らしいので言うことはありません」と伝えると、急に床にうずくまって動かなくなってしまって、だいぶ長い時間のあとに顔をあげて、目に涙を浮かべている。

「自分では、なにもしてないような感じだったから、絶対やり直しになると思った」

「状況」をしっかりと演じられている俳優は、その「状況」に対して突飛なことをしていないで、パフォーマンスとしては地味になることが多々ある。しかし、その俳優のおかげで、観ている側には、戯曲の美しさや、登場人物同士の関係が鮮明に見えてきて、目が離せなくなるのである。

しかし、ここまで3分でもっていくのは、プロの俳優にとっても至難の技であろう。

もちろん、稽古の過程で、より具体的にシーンのドラマツルギーを分析し、「状況」を構築するところから、役の思考ロジックを打ち立てていくように、まずは「状況」を演じるための万全の準備が必要。

そのあとは、自分たちが通ってきたプロセスを「信じる」力が必要である。

そういう時に、先生の「愛」にできることはまだたくさんあった。

先週は今年の受験シーズン開幕の週で、リヨンの学校(ENSATT)の第一次審査が始まった。

応募はなんと1000人超え。

みんな泣いたり笑ったりしながら、真剣に取り組む姿に、30代の私は心打たれずにはいられない。

こういう環境に身を置いていたおかげで、

私は、演劇を信じられなくなったことは一度もない。

自分の俳優としての力量は、全く信じられなくても、

演劇を信じられなくなったことは一度もないし、これからもないと思う。

先生に感謝。

コンテンポラリー戯曲に学ぶ「演技を開拓する」力

コンセルバトワールでの教育実習スタート。

コロナの影響で、パリの区のコンセルバトワールは閉館しているところもあるようだが、

私の実習先は県の管轄のコンセルバトワールで、かつ、国立高等演劇学校への準備クラスをかねているので、開講。

受験シーズンが幕を開けようとしているので、学生たちはピリピリしている。

フランスの教育機関で特徴的なのが、グランゼコール (Grandes Écoles)で、バカロレア取得後、入学試験を経て合格したもののみが入学できる。対して、一般大学のユニベルシテ(Universités)には、入学試験がない。

芸術関係の国立高等学校は、エコールスペリオール(Écoles Supérieure)に位置し、グランゼコールとほぼ同じ手続きで受験が行われる。

私が今回担当しているのが、国立演劇高等学校に入学を希望する生徒たちのための、Classes préparatoires aux écoles supérieures(CPES, 国立高等演劇学校準備級)。この準備クラスに入るためにも、300人の中から20人という倍率で入学している。

私自身も、モンペリエの国立高等演劇学校入学前に、この準備クラスに所属していたので、受験前の張り詰めた空気が懐かしい。

国立高等学校受験を目的としたクラスだが、マスタークラス等も充実している。

日本でも、教育実習というと、母校に実習にいく学生が多いが、私も自身のコンセルバトワール在校時の先生にお願いした。

実に7年ぶりの再会である。

私が普通にフランス語をしゃべっていることに、まず先生たちは戸惑っていた。当時を振り返ってみても、どのようにフランス人とコミュニケーションをとっていたか思い出せないが、80パーセント以上は、わからないまま、YESと返事していた気がする。

1週目の課題は「コンテンポラリー戯曲」に関するクラス。専門の先生について、ところどころ私が授業を担当する。

美術界でモダンアートとコンテンポラリーアートを区別しているように、劇作に関しても、あえて「コンテンポラリー」という言葉が使われているので、ここでも、「コンテンポラリー戯曲」と呼ぶことにする。

フランスの演劇界の特徴として、絶対に無視できないのが、コンテンポラリー戯曲の出版である。

戯曲を専門に扱う出版社があるというだけでも驚きだが、フランスのさらにすごいところは、上演されていないコンテンポラリー戯曲も出版されているという点である。

これは、ヨーロッパ単位でみても、フランス演劇界の最大の強みといえるそう。

さらに、出版されているのは、フランスのコンテンポラリー戯曲に限らず、ヨーロッパ各国の翻訳戯曲、出版社では、同時に翻訳者育成事業もやっているという。俳優や演出家、ドラマトゥルクが、自身の仕事と並行して、翻訳家をして活躍しているパターンも多い。

今回のマスタークラスは、『メゾン・アントワーヌ・ヴィテーズ(https://www.maisonantoinevitez.com/fr/)』という1991年に設立された海外翻訳戯曲専門の出版社の作品を読んで、演技を考えるという構成である。

出版社を特定して、授業で扱うコンテンポラリー戯曲が選ばれている点が非常に面白い。もちろん授業では、出版社についてもしっかり学ぶ。この出版社ではすでに654人の作家の戯曲が翻訳されており、その数は1000作品近くに及ぶ。

今回扱ったのは、以下の4作品。

イギリス戯曲:『Anatomy of a Suicide』(2017) Alice Birch

ロシア戯曲:『Iyoul』(2006) Ivan Viripaev

メキシコ戯曲:『Antigona Gonzalez』(2012) Sara Uribe

ドイツ戯曲:『Das Knurren der Milchstrasse』(2016) Bonn Park 

2000年以降のこれだけの数の戯曲が、母国語で読めるフランス人俳優の卵たちは実に恵まれている。

戯曲のスタイルも、モノローグからフラングメント形式、3シーンが同時進行しているものなど、かなりバラエティに富んでいる。

作家の文体や戯曲の構成を分析した上で、どんな演技が考えられるか、各グループが準備して発表する。

古典作品では、登場人物の状況や目的を分析し、それを忠実に再現するような演技が求められるが、コンテンポラリー戯曲での演技アプローチは、それだけではない。

まずは、作家の文体のスタイルを探っていく、という作業が非常に重要になってくる。

そして舞台芸術として立ち上げるためのヒントを、戯曲の中から徹底的に探し出す。

戯曲の文体が生み出すリズムや質感から演技を生み出すという作業は非常に興味深い。

戯曲の形式や文体が更新されればされるほど、それに伴って俳優もその戯曲に伴った新しい演技形態を開拓していくことが求められる。

またクラスには、先生の他に、ドラマトゥルクが生徒たちに付き添い、その都度、戯曲の社会背景を教えてくれる。

政治状況、文化、歴史、戯曲を通して、4つの国の「今」を学ぶ。

授業の一貫で、出版社『メゾン・アントワーヌ・ヴィテーズ』に所属する翻訳家を招いて講演会が行われた。

彼は、「求められていなくても翻訳する」重要性について熱く語ってくれた。

「経済に求められているものだけを仕事にしていたら(翻訳していたら)、絶対に若い世代の作家たちがここまで育つことはなかったと思う。頼まれてなくても、リスクを背負って、自分が世の中に紹介したいという作家の作品を翻訳することが使命。」

戯曲を読む人口は少ない。それでも、次世代を育てるために、誰でもが読める状況を作るという出版社の心意気と、今回の授業を担当した先生の、「若手の作家と若い俳優の橋渡しをしたい」という熱意に支えられたクラスであった。

『ほったらかしの領域』:教師は「教えるべきこと」について、「すでに知っているはず」の存在か。

先週日曜日2020年M1が終わった。

M-1グランプリ』は吉本興業が主宰する漫才の日本一を決める大会である。

私はすべての大会を見届けてきているが、

今年は、教職研修の真っ只中ということもあり、

漫才よりも審査員の方により目がいってしまった。

まず、審査員が現役の「芸人」であるかということが重要なポイントになってくる。

若手芸人は漫才にしてもコントにしても、みんな「ネタ」をつくり、舞台に立ちながら芸を磨き、M1やキングオブコントのような、いわゆる「賞レース」に参加する。

「賞レース」はテレビで放映されるため、ここで結果が残せれば「芸人の人生が変わる」と言われている。

テレビに出演する仕事が増えるからである。

テレビ番組で面白いことをいうことと、劇場で観客の前で「芸」をすること。

このふたつは、違う種類の専門性を伴う仕事であるように感じる。

このメカニズムを演劇に置き換えれば、劇場で舞台俳優として「芸」を磨き、テレビドラマに出演が決まる、

という、「今までやってきたこととは別のアウトプット方法を求められる」キャリアアップなのかもしれない。

今回のM1審査員のなかで、漫才の舞台に立ち続けることに関して「現役」であったのは、「オール阪神・巨人」のオール巨人師匠である。

この人の立ち振る舞いから学ぶことが非常に多かった。

まず、若手の漫才をとにかく観ているということ。

ほぼ無名に近い若手芸人の過去の芸風や、作品まで、非常に詳しい。

また、他の審査員が無名の若手を「ツッコミの方」「ボケの方」と呼ぶときも、オール巨人師匠は、絶対に名前で呼ぶ。

「お笑い賞レース」という、審査員と参加者の間に、すでにヒエラルキーが存在する場所で、「人を名前で呼ぶ」という当たり前のことから感じられる敬意は計り知れない。

また点数の付け方も的確で、全く「テレビ用」ではなかった。オール巨人師匠が「学びのプロセス」の中に身をおいているということが、発言の端々から感じ取れた。

作品を観る、名前と顔を覚える。

このふたつは、自分が「現役」であり続けるためにもお手本にしたい。

フランスの演劇教育者国家資格取得のための研修では、

とにかく、教育者でありながら、演劇に関わるアーティストとして「現役」であることの重要性を強調される。

演劇教育に関する考察という論文の課題でも、自身の「現役」としての活動と結びつけた、演劇教育を考案することを求められる。

私が生徒さんたちと過ごした日々を振り返ると、教育者が「現役」でいることの意味とは、

「教師は教えるべきことについて、すでに知っているはずの存在である」という当たり前を疑うという点にあると思う。

「現役」である限り、どんなに生徒たちより経験と知識があっても、芸に対して、すでにすべて知っているということは、ありえない。

「現役」とは、日々、悩んだり模索したり、恐怖を感じたり、失敗したりしながら、芸を磨いている「過程」にいる人のことである。

その「現役」の言語感でもって、確信ではなく、疑いを持ちながら、生徒に言葉を伝えていく。それは、正解ではなく「過程」を教えているとも言える。

こんなお笑い大好きな私が、木村覚さんの『笑いの哲学』(講談社選書メチエ,2020) を読みながら、再度「笑い」について勉強していたとき、

まさに生徒さんたちに伝えたい、うつ治療で有名なデビッド・D・バーンズ氏の「レッテル貼り」の危険性に関する文章が引用されていた。

レッテル貼りは自己破壊的であるばかりでなく、不合理な考え方です。あなたの自己はあなたの行為と決して同一ではありません。人間の考え、感情、行動は常に変わっていきます。言い換えれば、あなたは銅像ではなく、川の流れなのです。

私たちは、「銅像ではなく、川の流れ」。

今日確信していた考えや体感が、明日になったら、180度かわっているかもしれない。

教師という「権威」をもつ立場になっても、この「非確実性」しっかりと認められることが重要。

私たちは、「川の流れ」の中にいるのだから、変化して当たり前。

このように考えていくと、教師は教えるべきことについて、すでに知っているはずの存在でなくてもいいんじゃん?と私は考える。

教師が、自分の「現役」として日々感じる「困難」を自覚することこそが、流動的でクリエイティブな場をつくってくれるのかも。

私も外国人として非常に悩まされた「教師は生徒の前でどう振る舞うべきか」という問いに、「現役」として答えたい。

『ほったらかしの領域』合宿メンバー募集は、本日23時59分にて締め切らせていただきます。

たくさんに方に興味を持っていただき、とても嬉しく思っています。以下詳細 ↓

https://mill-co-run.com/2020/12/14/%e3%80%8e%e3%81%bb%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%97%e3%81%ae%e9%a0%98%e5%9f%9f%e3%80%8f%e5%90%88%e5%ae%bf%e5%8f%82%e5%8a%a0%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%83%90%e3%83%bc%e5%8b%9f%e9%9b%86%e4%b8%ad/?fbclid=IwAR3LapoySrG3eM4rsf_q3dMmVhaTRfL4WntBtaOvHulXIXo507kJjSYC89Y

『ほったらかしの領域』:舞台芸術におけるフィードバックの重要性

フランスでコロナ第2波ロックダウン中の演劇の実習クラスで、

絶対守らないといけない超めんどくさいお約束がいくつかあった。

1. マスクの着用義務。

2. 生徒同士、及び教師ともに、身体に触らない。

3. 小道具はなるべく共有しない。止むを得ない場合は、アルコール消毒をする。

4. ひとクラスの人数は、教師、生徒、見学者(実習のため)含め10人以内にすること。

今考えるとこれらのお約束を守りながら、よく実習を行ったと思う。

生徒とやりたかったエクササイズやゲームなど、私は身体を扱うものを得意としていたので、泣く泣く諦めたことも、マスクを着用したまま、大きな声で長時間しゃべって、生徒さんの前で酸欠になってしまったこともあった。

こまめにアルコール消毒をしていたり、即興でも身体の接触は意識して避けていたりと、生徒たちの中に、明らかにコロナに対する緊迫した空気はあった。

それもそのはず、私たちが実習していたサンテティエンヌのコンセルヴァトワールの演劇クラス担任がコロナ陽性になり、生徒さんたちにも、実習生の私たちにも、保健所から濃厚接触の通知が届き、1週間は自宅隔離で過ごすという時間があったからである。

それまではコロナをそこまで身近に感じてなかったため、マスクも途中で外したり、真面目にお約束を守っていなかったのだが、この事件以降演劇クラス続行のため、「めんどくさいお約束」厳守を徹底した。

その状況下で、私は演劇クラスにおけるフィードバックの重要性に心奪われていく。

まず、マスクで生徒たちの表情が半分以上見えないというのは、教師にとって非常に不安な状況である。

今、彼らが興味をもって楽しんでくれているのか、疑問をもっているのか、冷めているのか、80%以上の情報がマスクによって阻害される。

また、自分ひとりが2分以上しゃべると息苦しくなるという経験から、いかに、「発言」を分散できないかと考え始めた。「私の分も生徒さんしゃべって」作戦である。

新しい戯曲に着手する時も、こちらが内容を説明するというより、「問い」形式でしゃべることによって、生徒さんたちに「発言」を分散させる。「発言」が分散されればされるほど、彼らの興味の現状把握にも大変有効である。

私はいまだかつて、フランスの教育で重要視されている「フィードバック」というプロセスにそこまで興味をもてないでいた。理由は単純。時間がかかる。そして、自分がそこまでしゃべれない。

自分が演劇学校で過ごした3年間は11人という超少人数クラスであったが、フィードバックを始めると1時間は余裕で超える。話しが盛り上がってしまうと、3時間かかることもざら。

そこまで語学力がなかった私は、フィードバックしてる時間あったら帰って台詞の練習がしたいと常々思っていた。

最近、日本の伝統芸能や武道における「わざ」の研究書(『「わざ」から知る』生田久美子 著)に面白い記述を発見した。

そもそも、「わざ」というものは、「教える」「学ぶ」プロセスとは区別して、「盗む」プロセスであると解釈されていた。そして、「わざ」の特徴として、「模倣」「非段階性」「非透明な評価」があげられていて、日本由来の「わざ」の伝達としては「身体全体でわかっていくわかり方」が基本であったということである。

また、「わざ」に関しての言語の介在方法も非常にユニークである。

「わざ」の習得プロセスにおいて見逃せないのは、そこには特殊な、記述言語、科学言語とはことなる比喩的な表現を用いた「わざ」言語が介在しているという点である。(『「わざ」から知る』p.93 生田久美子 著)

学習者にわかりやすく翻訳するというより、教師の身体のなかの感覚をありのままに表現することによって、学習者の身体のなかにそれと同じ感覚を生じさせる効果を期待するものである。

つまり、「わざ」言語において、発話者は「教える」側に限られる。

私の人生において、伝統芸能を学んだ経験は皆無であるが、学習者側の「沈黙」が私の身体にも植え付けられていたようである。

フィードバックの主役は学習者であり、これが舞台芸術において非常に有効な理由として、舞台芸術が「再現性」を求める芸術媒体だということがあげられる。

今、つかんだ感覚を、もう一度再現する必要があるのは、教師ではなく学習者である。

「わざ」習得における「身体全体でわかっていくわかり方」と西洋的な「言語化する力」を組み合わせたところに、フィードバックの面白さを感じている。

自分が演劇学校でフィードバックの時間に参加していた時は、フランス人は、誰でも人前で自分の感覚を論理的に、普遍性も交えて言葉にするのがうまいなあ、これは、文化の違いだなと、「カルチャーショック」として処理していたのだが、

今回、高校生や20代以下の国立演劇学校受験準備クラスの生徒たちを担当して、フランス人全員が初めから「言語化する力」を持っているわけではないということがわかった。

フィードバックも、筋肉と一緒。やればやるほど上達するものなのである。

実際、私も、語学力の上達だけではなく、フィードバックという環境に何回も何回も身をおくことで、発言する前も心臓がバクバクするということはなくなった。

身体で起こった感覚を言葉にする。

まずは自分のために、そして、他者と共有するために、他者と共有することで、またその感覚がより明確となって、自分の身体に還元されるというサイクルが、理想的なフィードバックでは生まれる。

演劇教育において、私が心掛けていることのひとつに、「演劇はひとりでは学べない、と自覚する」という過程がある。

俳優というと、ひとりで頑張ってスターまでのし上がっていくというイメージが多少ある。

しかし、そういう俳優を育てることは、俳優教育ならありえるのかもしれないが、「演劇」教育ではありえないであろう。

学びの過程で、「他者が必要」だと感じること、「他者ありきの上達」があること、「他者に傾注する面白さ」を感じられることが、非常に重要だと考えている。

毎日日当たりが最高すぎる自宅にて。