26歳と「軽さ」について

今週は、誕生日がありまして、
26歳になりました。
10代の頃から、
何かと
本来「重く」あるべきものである種の
行動、
決断、
発言、
などといったものを、
「軽く」「軽く」行ってきましたが、
年を重ねていくごとに、
この「軽さ」を保っていくことが、
少しずつ、
難しくなってきたような気がします。
「軽さ」の好いところは、
うまくいかなかったときのダメージも、
「軽い」ところ。
「軽さ」のおかげで、
小さな怠慢や高慢をそっとバレないように、
ごまかしながら、
ぽつぽつと、
方向だけは、
「軽く」しっかりきめて、
そんな決断だから、
もちろん、
いつだって、
「軽く」変えてもいい。
小さい頃、
祖父が、
二人だけのババ抜きで、
よくズルをしていたけど、
(二人だから、絶対にバレる。)
おそらく、
私にも、
祖父の血が流れていて、
上手に小さなズルをする才能があるんだと思う。
大事なのは、
自分が満足することだから。
26歳、
「重く」生きなくては、
と、何度心に誓ったかわかりませんが、
結局、
ふわふわと、
素敵な人たちの言葉に、
乗っかって、
いいにおいのする方に、
「軽く」
突進していきます。
モンペリエ
2013,10,8 @Montpellier

開幕は、”絶対領域”古典からスタート。

新学期、地獄の一週間が終わりました。
そして、地獄の二週目が始まります。
話には聞いていたものの、
学校生活は、まさに、軍隊!
毎日、10時から20時までの授業に加え、
発音矯正のある私は、
+1時間、9時から10時の個人レッスン。
20時から、観劇や、プロのアーティストとの会合などが予定されており、
まさに、分刻みのスケジュール。
授業内容は、
2週間から、3週間ごとに、プログラムされていて、
最初の2週間は、
まさかの古典から、
アレクサンドラン集中講義。
使用テキストは、
モリエール「人間嫌い」とラシーヌ「アンドロマック」
萌え用語で、
過去に「絶対領域」という言葉が流行りましたが、
wikipediaによると、
「何人にも侵されざる聖なる領域」から、発生した言葉のようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/絶対領域
フランス人にとっての、
モリエールとラシーヌもまさに、
どんなに時が流れても、
「絶対領域」的劇作家。
外国人である私が、
役者として、
今後どんなに頑張っても入り込めない領域からのスタート。
つまり、日本で現代演劇やりたいフランス人が、
来日して、
歌舞伎から始める感じです。
俳句の五七五や、
短歌の五七五七七と一緒で、
ひたすら、文章から音楽を探していく。
音楽を生み出すための、
さまざまなお約束事を勉強していく。
フランス人にしかわからない、
フランス的「趣」の美学を、
私が、日本人の身体で感じられる訳もなく、
一度でも、
私、何してるんだろう?
何の意味があるんだろう?
と自問してしまったら、
もう進んでいけなくなってしまうような、
環境と境遇と空虚な目標の前で、
身体の疲れに感謝して、
何も考えずに、
前だけ見て、歩いてみています。
それは、
演劇というプロ・アマの違いが一番判断しにくい芸術において、
有無を言わせず、
「型」を学ばせる教育に、
おぼろげに明るいものを感じているから。
「壊す」ために、
「型」を学んでいる。
もしくは、
「型」を学んでいる過程に、
「壊す」勇気を、
形成していくのかも。
授業は、実技だけではなく、
17世紀の文学を読み解くところから、
さまざまな文献を持ち寄り、
全員で17世紀に産まれた言葉の「美」の理由と本質について、
分析していきます。
常に現在形で進んでいる演劇界で、
生き残ってきたものに対する敬意のようなものを
感じつつ、
それでも、
大半は、眠気と戦いながら、
頑張ってます。
それもこれも、
フランス人が読んでも、
最初からは訳の分からないような
高尚すぎるテキストに、
本気で取り組んでいるクラスメートを目の前にしたら、
心の中の、
「意味ないじゃん」意識は、
いつのまにかどこかに消えてしまう。
それにしても、
12人の少人数クラスは、
想像を絶する素晴らしさで、
想像を絶する落とし穴でした。
なにしろ、
休む暇なし。
ペアでシーンを取り組んでも、
次から次に、
自分の番が回ってくる。
先生も、
二分後には、全員の顔と名前を覚える。
その瞬間にもう、存在を消すことは不可能になる。
何はともあれ、
日本語を、
しゃべりたい、
しゃべりたい、
今日、
このごろ。

フランス語母音特訓のおかげで、主演映画にダメ出し!!

来週からの新学期に向けて、
8月から個人レッスンを受けていた、
フランス語母音特訓も終盤。
自己満足ではありますが、
フランス語の母音13個、
すべて聞き分けられるようになりました!!
わーい!
87429627.jpeg
まだ、13個自然に無意識に発音することはできませんが、
意識的になら、なんとか。
それにしても、
13個のうち、
強敵の3ペアがありまして、
日本語でいうなら、
ただの、
「エ」「ウ」「オ」なのですが、
フランス語になると、
それぞれに、
「ちょっと閉じめ」と「ちょっと開きめ」の違いがあります。
さらに、
フランス語が美しいといわれるだけあって、
文章を読むときの、
音節の区切り方によっても、
発音が変化してしまうのです。
この辺の領域にいくと、
一般のフランス人に質問しても、
理屈では答えられないらしい。
8月の間は、
この自然な音節の切り方(イントネーションをあげる箇所、下げる箇所)を、
口と脳に叩き込むべく、
大好きなパリ第3大学の教授Danan先生の、
(もちろん、お会いしたことはない…)
パフォーマンスに関する理論書、
Entre théâtre et performance : la question du texte » de Joseph Danan
を使って、
ひたすら、音読。
(もちろん、声に出して読むようなものではない…)
entre-theatre-et-performance-300.jpg
単語ではなく、
グループで読めるように。
9月に入ってからは、
自分で、13個の母音表を作り、
なにか、単語を見つける度に、
分類し続けました。
顔筋肉痛になったわりには、
小顔にはなりませんでしたが、
ついに、
13個制覇!!!
ちなみに、今日は、
5月に撮影した、
2作目の主演短編映画を拝見しに、
監督の家へ。
作品は、素敵な仕上がりだったものの、
自分の発音に、納得がいかず、
5月の私に、
発音コーチしてあげたい気持ちでした。
悔しい。
去年とった短編は、
自分が何しゃべってるかわからないところもあったので、
そのときよりはマシです。
演劇は、
残らなくてよかった。
ほっ。
また、来年、
今の自分の発音が恥ずかしくなるように、
私のフランス語、
愛情込めて、
飼いならしていきます。

藤原紀香氏バブコメとグラフィティ界のカリスマBanksy

9月18日の東京新聞にて取り上げられた藤原紀香さんのブログが
話題になっているようです。
(以下、見出し引用)
女優の藤原紀香さん(42)が自身のブログで、特定秘密保護法案への懸念を表明した。俳優やアーティストが政府批判や社会・政治問題について発言するのは、欧米では当たり前なものの、日本では極めて異例。女優の政治的発言は日本のタブーを破るか。(佐藤圭)
数日前に観た、
カリスマ的ストリートアーティストBanksyの初監督作品、
イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ(Exit Thtough The Giftshop)が頭を過る。
http://www.uplink.co.jp/exitthrough/top/index2.php


バンクシーがとっているドキュメンタリーなのに、
彼も出演している。(もちろん覆面で)
主人公は、元古着屋のオーナー、ティエリー・グエッタ。
趣味でビデオカメラを回し続けていたことから、
訳あって、バンクシーと親しい仲に。
彼に、残念ながら映像の才能がないことを悟ったバンクシーは、
アーティストになることを進める。
そして、彼は、ミスター・ブレインウォッシュの名を名乗り、
中身のない、ただの盗作とも思えるような作品を創りながら、
話題性、メディア、消費社会、
すべてのキーワードを駆使したちまち成功していく。
もちろん、バンクシーの友達であることだって利用する。
まさに、ミスター・ブレインウォッシュ(洗脳)
公開後には、
ミスター・ブレインウォッシュは、
バンクシーが造り上げた虚像なのか、
それとも実在するのか、
話題になりました。
つまり、バンクシーの尊敬すべき点は、
アートが結果ではなく、
過程、もしくは、手段に過ぎないところ。
このように、芸術を捉える傾向のある現代アート界において、
アーティストとして、
のぼりつめていくということは、
イコール、
自身の発言力をあげていくことだと思います。
という訳で、
言いたかったことは、
芸能人が自らが築き上げてきた「発言力」を、
使わないでどうする!
ということ。
まして、
その「発言力」が外部から妨害を受けるなんてもってのほか。
バンクシーが、
ここまで「発言力」を持ったのも、
藤原紀香氏が「発言力」を持ったのも、
すべては、
私たち社会の目があってこそ存在し得るものだから。
バンクシーのドキュメンタリーは、
一見、ティエリー・グエッタを告発しているようだけど、
実は、彼の今までの作品がすべてそうであるように、
私たちへ、
本質を「見る力」への警告。
アーティストだけでなく、
大人になるということは、
「発言力」を高めていくということ。
「発言力」を高めていくのは、
まわりの自分より大きな「発言力」に、
踊らされないため。

演劇渇望 〜フランス版「トヨタコレオグラフィアワード」のすすめ〜

フランスの劇場は、7月の中旬から9月の中旬にかけて、
世の中と一緒に、
大規模な夏休みをとります。
という訳で、
アビニョン演劇祭などのフェスティバルを除いて、
一切演劇が観られなくなる。
そろそろ限界だった今日このごろ。
まさしく、
演劇渇望。
イギリスの劇作家『4.48サイコシス』で有名なサラ・ケインの98年の作品に、
『渇望』という作品がある。
英語の原題は、”Crave”
そして、
フランス語の翻訳は、”Manque”
英語のCraveより、よっぽど頻繁に使われる単語。
例えば、英語の ”I miss you.”は、
フランス語で ”Tu me manques.”
あなたが恋しいのではなく、
直訳すると、
あなたが足りないということになります。
前置きが長くなりましたが、
まさしく、
最近の私は、決定的に、
Engeki me manque!!!!!
演劇不足。
演劇渇望。
ということで、
パリで一番のお気に入りの劇場、
Théâtre de la Villeの今シーズン開幕と共に、
とりあえず、最初のダンス公演のチケットを購入。
台湾の三兄弟ダンスカンパニーによる、
CHANG DANCE THEATER COMPANY『THREE FOR ONE – VAULTING – COMPOSE』
を観てきました。
http://www.theatredelaville-paris.com/spectacle-ThreeforoneVaultingCompose-619
出演者全員が20代という衝撃の若さと思いきや、
なんと、Théâtre de la Ville主催の若手ダンスコンクール
「Danse élargie」の去年の第2位入賞者だったのです。
まさしく、フランス版「トヨタコレオグラフィアワード」
http://www.danse-elargie.com/
昨年は、14カ国から書類審査で選ばれた20チームが本選に参加。
ヨーロッパの国がほとんどですが、
アジアからは、台湾と日本から。
そして、2位までのカンパニーが翌年のThéâtre de la Villeのプログラムに、
プロのカンパニーに交じって組み込まれる。
しかも、シーズン開幕作品として。
今年、選ばれたのが、台湾のカンパニーということは、
もちろん日本のカンパニーにも、
チャンスがあるということ。
私が、フランスに来るきっかけになったのも、
3年に1度の受験が行われる、
超難関校レンヌの高等コンセルバトワールの
15人の枠の中に、
韓国人の生徒がいることがわかったことでした。
そういえば。
フランスは、ヨーロッパの中で、
最も、
「来るもの拒まず去るもの追わず」
な国だと思います。
中に入ってみるのは、
以外と簡単なことで、
入ってから、とどまることのが難しい国です。
(公演中、日本で活躍している桜美林の同期のメンバーが、
この舞台に立つことができたら、
どんなに素敵だろう、とドキドキしながら観ていました。)
公演後のカーテンコール、
私以外の観客の中にも、
「演劇渇望」症状が出ていた人が多かったのか、
客席の熱気と歓迎の暖かさは、
あまりにも居心地がよく、
思わず、大家族の中にいる気分になってしまう。
次回のインフォメーションはまだ出てないのですが、
毎年、1月に書類審査、
6月に本選が行われているようです。
GO!!!!
(去年のコンクールの様子)
※映像の中に金魚の鈴木ユキオさん発見!(2’53)