90分間の涙の末に、「孤独」に関する覚え書き。

一粒の砂に世界を
一輪の花に天界を見る
一掌のなかに無限を
一瞬のなかに永遠を抱く   
      ウィリアム・ブレイク

私の大好きなミュージシャン、パティ・スミスも敬愛していた、
イギリスの画家であり、詩人のウィリアム・ブレイクの詩の一節。
(William Blakeの詩集「ピカリング草稿」から「無垢の予兆」Auguries of Innocence)
今日は、こんな体験をして、
なかなか眠れそうにない。
地元埼玉ご自慢の、
蜷川幸雄氏率いる平均年齢75歳のカンパニー、
さいたまゴールド・シアターと、
ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団のダンサー瀬山亜津咲さんによる、
ダンス作品 『KOMA’』
http://saf.or.jp/arthall/stages/detail/1326
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支援会員でもある、
彩の国さいたま芸術劇場で、初日を観に行ってきました。
開始2秒後から、
言葉を用いない、
身体の「ただここにいる」力に、
頭の中は、
イメージの氾濫。
もう、そこから、
ラストまで、涙が止まらなかった。
毎日のように泣いていた、
フランスでの演劇生活から、一変。
おだやかで、
心地よい刺激を受けてきた、
日本での夏休み。
そんな8月分の流さなかった涙を、
ここで一気に使ってしまったよう。
開演と同時に、
平均年齢75歳の身体が歪ませる、
時間の尺度。
私たちの知らない、
彼らが歩んできた、
長くて、
短くて、
複雑で、
単純で、
愛おしい時間。
今年の1月に受けた、
フランシス・ヴィエのスタージュを思い出す。
フランシス・ヴィエは、瀬山さんと同じ、
ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団のダンサー。
(過去のブログ記事:ピナ・バウシュの魔術師ダンサーによる魔法ワークショップ
ちなみに、ピナ・バウシュの仕事に関しては、
これも、以前ブログで取り上げたのですが、
池澤夏樹さんが素晴らしい言葉で、
表現しています:池澤夏樹×『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
衣装も、
髪型も、
化粧も、
そして、
ダンスも、
一カ所だって、
同じところはない。
20人のダンサーによる、
20通りの身体。
先日、ブログの表紙をかえました。
中国出身でありながら、
フランス国籍を取得し、
自由を求めて戦った人、
創作を続けた作家、高行健の言葉、
「孤独は自由の必要条件である」
彼らのパフォーマンスは、
こんなにも、
おかしくて、
自由で、
グルービーで、
それなのに、
90分間、
人間が孤独であるということを、
確認させられた作品はないと思う。
どんなに、寄り添っても、
どんなに、近くにいても、
どんなに、想っていても、
人の痛みは、
代わってあげることなんてできない。
冬の寒い日、
ぬくぬくしたお布団の中。
どうしてもトイレに行きたくて、
トイレに行くという母に、
よく言っていた一言。
「私の分も、一緒におしっこしてきて。」
どんなに、可愛い我が子でも、
代わりに、
おしっこしてあげることはできない。
舞台上で、
くっついたり、
はなれたり、
呼ばれたり、
見守られたりする、
複数の身体。
それらは、
そこにどれだけの優しさが介在していようと、
決して、
同化することはない。
「孤独は自由の必要条件である」
私たちは、
もう孤独なの。
生まれた時から。
ただ、それを、
知ることで、
自由になるの?
たくさんの素敵な言葉を用いて、
マイクを奪い合いながらの、
自己紹介のシーン。
ひとりのダンサーの言葉。
「私の名前は、『自由』です。
 ずっと、『自由』になりたいと思って生きてきたから。」
『自由』だから、
『自由』と名乗るのではなく、
『自由』じゃないから、
『自由』を求めてきたから、
『自由』と名乗ること。
なるほど、
所有しているものより、
ほしいものを語ることの方が、
100倍魅力的だ。
彼らの身体の説得力、
そして、たのもしさと言ったら、
言葉の数万倍のパワーを持っていて、
それらは、
今年の7月まで、
パリのGrand Palaisでやっていた、
Bill Violaのエクスポジションを想起させる。
Bill Viola@Grand Palais, Galeries nationales

性別を超えた、
人間としての身体の美しさ出会ったのは、
ビル・ヴィオラ(Bill Viola)、
そして、
これまた、パティ・スミスが愛した写真家、ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)に続いて、
まだ、3回目。
彼らの、
皮膚は、
宇宙の表皮。
永遠と、
唯一つながれる力を持っている、
一粒の砂だ。
私たちは、
孤独。
だから、
他人の痛みを代わってあげられなくて、
当たり前なの。
でも、
それでも、代わってあげたいって想うから、
今日も、
あなたに会いに出かけていくのよ。
ただ、それだけ。

芸術作品としてのフランス語で綴られる日本の姿が愛おしすぎる件

先週の月曜日深夜0時から見た、
関ジャニ∞村上信五とマツコ・デラックスの新番組「月曜から夜ふかし」、
というテレビ番組が忘れられない。
というのも、
視聴者から情報を募集し、
それらについて、
取材し、
二人がコメントしていくという、
一見どこにでもあるようなバラエティ番組なのだが、
すべての情報募集テーマに、
「〜な件」というタイトルがついている。
例えば、
「マツコが怒っている事を先回りして調査するために、
『マツコが怒っていそうな事』を募集したい件」
http://www.ntv.co.jp/yofukashi/bosyu/angry.html
こんな具合。
フォーマル、かつ、形式的な「〜な件」というスタイルと、
深夜のバラエティ番組でしか扱えないような内容の、
アンバランス加減に、
日本のテレビ番組のセンスの良さを、
どうしても感じてしまう。
ということで、
今日、私は、
フランス・エクリチュールの最高峰、ロラン・バルトが、
日本について記述した、
L’empire des signes『記号の国』を読み、
『月曜から夜ふかし』的なブログタイトルをつけてみました。
芸術作品としてのフランス語で綴られる日本の姿が愛おしすぎる件
このブログでも、
過去にちょっと触れたことのあるバルトの『記号の国』ですが、
(過去のブログ:フランスの寵児ロラン・バルトから頑張っている私にご褒美。
まさか、ここまで鮮やかな本だとは思わなかった。
あまりにも、文章としての質感が美しすぎて、
まるで、ガラスケースに陳列された、
美術作品のようで、
思わず、
線を引いたり、
ページの角を折ったり、
「本は汚しながら読む」という、
私のモットーを忘れるところだった。
1970年に刊行されたこの本、
『記号の国』
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1966年に初めて日本に滞在し、
日本に恋したロラン・バルトの、
日本に関する文章。
そんな『記号の国』の訳者・石川美子さんの、
翻訳・解説は、
ロラン・バルトに恋していなくては、
とてもできないであろうほど、
質が高く、丁寧で、崇高。
あえて、
フランス語の原文ではなく、
日本語訳で読むことができ、
誇りに思えたのは、
これが、はじめて。
言語、料理、箸、すきやき、
てんぷら、パチンコ、都心、
地図、駅、包装、文楽、
おじぎ、俳句、顔、全学連。
一見、なんのつながりもないようなテーマごとに、
「中心のない国、日本」を、
丁寧に、謙虚に、
それでいて、
日本刀のように潔く論じていく。
「記号とは裂けめであり
 それを開いても
 べつの記号の顔が見えることである。」
批評家・思想家としてのバルトが最も恐れたこと、
それは、
ひとつの意味が「真の」意味として、
「真実」として固まってしまうことだった。
ある作品が『永遠』であるのは、
さまざまな人間に唯一無二の意味を押しつけるからではなく、
ひとりの人間に対しても、多様な意味をほのめかしてくれるからである。
(ロラン・バルト『批評と真実』「複数的な言語」より 石川美子・訳)
この意味で、「中心のない国・日本」は、
バルトのその後の作品に変化をもたらすことになる。
たとえば、歌舞伎の女形の化粧に関して、
バルトは、以下のように書いている。
真実はただ不在化されているのである。
俳優は、その顔において女性をよそおっているのではなく、
まねているのでもなく、ただ女性を意味しているだけ。」

(『記号の国』「書かれた顔」p.142)
この「真実の不在」こそが、
「ひとつの意味」に対する、
「もうひとつの意味」を、
歓迎するすきまをつくってくれる。
だから、バルトの文章は、
優しい。
日本的に言うなら、
懐がとても深い文章。
小難しそうな文章に、
身体一つで立ち向かおうとしてしまう癖のある、
世間知らずで、
厚かましすぎる私の欲求を、
いつも満たしてくれる。
『記号の国』に関して言うなら、
単純に、
自分の国を、
伝統や民族に回帰することなく、
この国で、
朝起きてから、寝るまでの日常を、
見直してみたいという、
強い欲望にかられる。
普段、何気なく通り過ぎている、
渋谷の人だかりも、
ほぼ1日3食使っている箸も、
通りの名前をあてにしない目印だらけの地図も、
てんぷらも、
すき焼きも、
あなごも、
なにもかも、
もっともっと触れたいと思う。
好きな人ができて、
時間が過ぎるのがとてもはやくて、
話しても話しても、
話足りない、
あの愛おしい感じ。
これから、
日本を出る人、
日本を出たいと思っている人、
日本を出ていた人、
日本とちょっと距離ができるすべての日本人に、
心からオススメする一冊です。

「あなたが行った虐殺を、もう一度演じてみませんか?」

悪循環の対義語「好循環」という言葉が、
存在するということを、
昨日まで知らなかった。
好循環よりも、
悪循環という言葉を使う頻度が圧倒的に多かったんだな、
と苦笑い。
それにしても、
わたしは、この「好循環」という言葉を、
先月から探していたはず。
いいことが、
いいことを運んでくる。
「好循環」を止めないために、
あえて、
勇気を持って、
「努力」を止めてみる時間。
おそらく半年近く前から、
ずっとみたいと思っていた映画。
むしろ、
みなければいけないと思っていた映画。
映画「アクト・オブ・キリング」


「あなたが行った虐殺を、
もう一度演じてみませんか?」
2分間の予告編で、
みたこの文章に背筋が凍る。
予告編大賞なんていうものがあったら、
この映画の予告編は、
必ず入賞するだろうし、
もう、本編なんてみなくてもいい、
むしろ、
みたくないと思ってしまうかもしれない。
この映画の存在を知った時、
フランスでの公開がすでに終了していたのをいいことに、
「すごくみたかったのに、みられなかった映画」
として、
どこか安堵に似た感覚を覚えながら、
大切な友人たちに、
ことあるごとにこの映画の話をしてきた。
この映画、
みてもいないのに。
実際に行っていない行為(アクト)を、
さも行ったかのように演技(アクト)してしまうことが、
しばしば。
日本に一時帰国中、
ANARCHYからの、
「好循環」のおかげなのかどうなのか、
『アクト・オブ・キリング』がイメージ・フォーラムで公開中であることを知り、
もはや、
逃げ道はなくなった。
勝手に、この映画の似非キャンペーンガールになりすましていた私は、
友人たちとおそるおそる映画館に向かう。
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60年代インドネシアで密かに行われた100万人規模の大虐殺。
実行者たちは、一人当たり1000人あたりの人間を殺害。
彼らは、いまも”国民的英雄”として楽しく暮らしている…
演劇人として、
「アクト」とは何か、
という本質を考えざるを得ない作品。
出演者は演技(アクト)を楽しむうちに、
自らの行いを追体験し、
あるいは仲間たちが演じる様子を見ることで、
彼らは人生で初めて、
自分たちのした行為(アクト)に向き合うことになる。

(上演パンフレットより)
第86回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、
全世界で60以上の映画賞を総なめにし、
興行的にも大成功したこの作品、
残虐なテーマにもかかわらず、
思わずくすっと笑ってしまう自分にぞっとしながら、
壮絶なスピードで過ぎ去っていった2時間46分の後に待っていたのは、
「匿名希望」で塗り尽くされた、
エンディングロールだった。
これが、
この映画のすべてを物語っている、
過去と、
現実と、
そして、
未来。
匿名にしている理由は、
今も彼らの身に危険が及ぶ可能性があるからです。
彼らは、大学教授、記者、人権団体のリーダーといった肩書きを持っていましたが、
自分のキャリアを捨ててまで、
8年間という時間をこの作品のために費やしてくれました。
それも、この国に本当の意味での変化が起こらない限りは、
自分の名前をクレジットに載せることはできない、
というのを知ってのことでした。
   ー『アクト・オブ・キリング』監督:ジョシュア・オッペンハイマー

自分の行った行為(アクト)を、
演技(アクト)すること、
それは、
「栄光の歴史」として扱われることが多い。
少なくとも、
意識的にしろ、
無意識的にしろ、
「栄光の歴史」として思い込んでいるからこそ、
2度目のアクトには、
スペクタクル性が付随することになる。
それでは、
すでに再現性(representation)の側面を持つ、
演劇においての「アクト」を執行する、
「アクター」に求められる姿勢とは?
「歴史(戯曲)」を、
栄光にも、
没落にも、
書き換えない、
神聖なほど圧倒的な、
中立的立場だと思う。
ドキュメンタリーとフィクションの境界性を、
こんなにも揺さぶることに成功した映画に、
出会えたことは、
一生の宝物だと思う。
そして、
この映画を運んできてくれた、
「好循環」にも感謝。
鑑賞を終え、
足下をふらつかせながら、
映画館のロビーに出て行くと、
次の回の上映を待つ友人と遭遇。
おもわず、
「え、なんで?」
と、びっくりして尋ねると、
「香子に言われたんじゃん。」
と、当たり前のように言われる。
似非キャンペーン・ガールだけに、
自分の行った行為(アクト)に、
いまいち、責任がない。
ただ、
そのとき、
観てもいないのに、
この映画を観てほしいということを、
直感だけを頼りにした演技(アクト)には、
多少の信憑性があったようだ。
渋谷イメージ・フォーラムにて、
朝10時半からまだ公開中です。
お時間あるかたは、ぜひ!!
http://aok-movie.com/tokushu/

ANARCHYの充実しない才能

どういう経緯だったかは、
もう忘れてしまったけれど、
私は、髪の毛も眉毛もちんちくりんだった女子中学生の頃から、
ジャパニーズ・ラップが大好きだった。
一回耳にしただけでは、
到底、聞き取ることのできない私の母語である歌詞を、
歌詞カードがぼろぼろになるまで、
読み解き、聞き解きながら、
神奈川・東京、そして関西レペゼン(代表)のラップを、
聞きあさりました。
3年前に、フランスに来てから、
2年間は、語学と「郷に入っては郷に従え」のために、
「禁・日本」をしていて、
大好きなお笑いも、J・ラップも、小説も、一切排除して、
こんな思いつきの無意味さにようやく気づいて、
「日本・解禁」した。
人生は、薔薇色すぎる。
そんな私が敬愛するラッパーのひとり、
ANARCHY(http://anarchyjp.com/anarchy/pc.html
7月にニューアルバムも発売されました。


彼のドキュメンタリー公開ということで、
渋谷のアップリンクへ。

ANARCHYドキュメンタリー映画『DANCHI NO YUME』
Flyer_Omote1-424x600.jpg
なんとこの映画、監督の名前がない。
ニューヨークの撮影クルーがANARCHYの地元である京都に滞在し、
彼が、当時住んでいた、
「向島ニュータウン」を中心に撮影されたドキュメンタリー。
向島ニュータウンの平均家賃は、
現在でも、3LDKでなんと6万円。
この場所で、
夢をみるとはどういうことか。

拘置所に入っている、
親や仲間がいて当たり前な環境。
路上には、昼間っから、
酔っぱらいの姿。
海外にいても、
都心に住んでいる限り、
パリも東京も大して大きな違いはない。
向島の映像と現実は、
私にとって、
パリよりもずっとずっと遠い未知な世界。
ANARCHY には、充実しない才能がある。
満足しない才能。
上にあがっていくたびに、
瞬時に、
新たな超えられない壁が現れる。
地元の仲間と共に、
上へ上へ、
のぼりつめていくこと。
それは、彼にとって、
夢とか個人的なものではなくて、
かれのアイデンティティである「向島」を、
背負っているから。
階段に戯れる、
「不良のレッテル」を、
身にまとった少年たち。
彼らは言う。
「俺らには、ヒップホップを目指すか、ヤクザを目指すかしかない。」
でも、今は、自信をもってヒップ・ホップを目指せる。
なぜなら、ANARCHY が、
俺らの前にいて、
俺らのこと守ってくれるんですよ。
日本語のラップが好きで好きでしょうがなかった。
「愛してる」なんて、
日常的には言えないような、
情熱的な愛を語るには、
「世界の頂点に立ちたい」なんて、
突拍子もない夢を語るには、
恥ずかしすぎる言語「日本語」
その「日本語」だけを、
巧みに操り、
「愛」や「夢」を語っていく。
なかには、
フィクションのなかでしか、
これらを語ることのできないラッパーもいる。
英語を混ぜたり、
ビートをあげたり、
フィクション性があがることで、
つまり、言葉としてではなく、
「リリック」として、
ラップというレイヤー通したところで、
「クール」さを保ったまま、
「愛」や「夢」を語ることだってできる。
ただ、ANARCHYは、
限りなくリアルに近い場所で、
惜しみなく、
「愛」や「夢」を語る。
彼の、
ステージ上にしても、
完全に脱力した身体で、
日常的には、ありえない言葉を語るという、
相対する空間から、
演劇的に学ぶことが非常に大きい。
舞台(フィクション)と客席(日常)を完全に切り離したところで、
「夢」を語ることは、
以外に簡単。
もっと危うい、
一切のコード(体系てきなもの)が存在しない場所で、
「夢」を語りたい。
ちなみに、
お笑いでいうなら、
サンドウィッチマンは、
この危うい場所で、
高度のリスクを背負って笑いと向き合っている人たちだと思う。
ANARCHY メジャーデビューへの思い

「ヒップ・ホップが最高にイケてて、
最高の音楽だということを、
証明したいんですよ。
俺ら、ラッパーは。」
私が、演劇で挑戦したい場所は、ここ。
東京で、
彼は、
向島レペゼンのラッパーであることを、
とにかく主張する。
自分のアイデンティティの価値を上げることは、簡単。
自分がそのアイデンティティ保持者として、
自分が尊敬されるような人間になる。
ただ、それだけ。
私は、
演劇人であることを声に出しながら、
日本人であることを声に出しながら、
大きい人間になっていくこと。
ただ、それだけ。
ANARCHYの充実しない才能は、
夢をみるひとの、
必要最低条件。

18時間演劇で、極上の疲労感。

さて、2014年アビニョン演劇祭の一番の注目作品は、
なんといっても気鋭の若手イケメン演出家が創る、
シェイクスピア『ヘンリー6世』の18時間演劇(休憩含む)。
HENRY VI de William Shakespeare
Mise en scène THOMAS JOLLY
一般、47ユーロ(約6,000円)
そして、
26歳未満割引、
なんと、10ユーロ。
今回のアビニョン演劇祭での上演回数は、
一日おきに3回。
朝10時開演、
そして、終演時間は、
なんと、午前4時。
4年前から創作が始まり、
2年前に第1部、8時間バージョンが完成した時の映像。


2013年、
第2部までの、12時間バージョン上演後、
カーテンコールの際の観客の様子。

そして、2014年、
フルバージョン18時間を世界初演。
フランスでは、
1994年に、Stuart SEIDEがアビニョンで上演して以来、
10年ぶりの『ヘンリー6世』
Thomas Jollyは、
2003年、21歳のときに、
レンヌの国立高等演劇学校(TNB)に入学。
そして、スタニスラフ・ノルデー、クロード・レジらのもとで、
演劇を学ぶ。
卒業後の、2006年、
同期の仲間と共に、
カンパニーLa Piccola Familiaを、設立。
そして、2010年より、
20人以上の俳優たちと共に、
3部作『ヘンリー6世』の創作を開始。
ちなみに、
彼は、役者でもあるので、
舞台に出ている。
つまり、なにもかもが、
歴史的すぎる公演。
アビニョン公演後も、
フランス11カ所で、
地方公演が行われますが、
基本的に、部分ごとの上演になるため、
このあと、18時間演劇を体感できるのは、
いまのところ、
来年2015年度のノルマンディー公演のみ。
Opéra de Rouen Haute Normandie Théâtre des Arts
ちょうど折り返し地点の9時間ぐらいまで観て、
知ったのですが、
ヘンリー6世を6平方メートルで45分で、
上演するなんていう、
粋なプロジェクトもやっていました。
でも、その時は、知りたくなかった。。
H6M2 D’APRÈS WILLIAM SHAKESPEARE
太陽が心地よい、
9時半頃、
劇場に到着。
劇場の回りには、
学校の発表会を思わせるような、
手書きの「本日の予定」
よてい
休憩計7回。
正直、気が重くなり、
一緒に来た友人と顔見合わせる。
劇場の庭に設置されたバーで遭遇した知人たちも、
口々に、
最後まではいないと思う、とささやきあう。
そして、開演。
会場は、いつもの劇場とは少し違った雰囲気。
まるで、歴史的瞬間を観るために、
集まってきた人たちがひしめき合う、
オリンピックの競技会場のような、
なんとも、
異様な緊張と期待に満ちた香り。
食事を、2回とり、
おやつを、3回とり、
トイレに、8回行く。
深夜を回っても、
満員の客席。
ここまでくると、
観客としても、
この舞台を構成している、
ひとつの要素のような気がしてきて、
役者をおいて先に帰るなんて、
論外という感覚。
休憩後、
再開(再会!)するたびに、
観客は狂ったように、
足を踏み鳴らして、
歓声をあげる。
終演後のカーテンコールは、
当然のスタンディング・オベーション。
15分以上経っても、
拍手が鳴り止まない。
18時間座っていた自分の小さな家を離れるのが、
なんだか少しさみしい。
劇場の外に出るとき、
普段は、係の人に、
Au revoir (さようなら)と言って、
送り出されるのに、
今回は、
Merci と言われて、
小さなプレゼントもらう。
ぷれ
「『ヘンリー6世』、全部観ました。」
このMerciは、
日本語でいういうところの、
「お疲れさまです。」に、
聞こえてならない。
いっしょに戦ってきた、
「同志」にだけ、
プレゼントする言葉。
夢をみた。
抱えきれないほど、
大きな夢をみた。
演劇を通り越して、
人間は、
海よりも、
山よりも、
空よりも、
大きい。
こんなにも、
遠くまで見える景色がある。
そして、
明日からも続いていく時間がある。
18時間、
小難しいシェイクスピアの史劇のイメージとは、
裏腹に、笑いの絶えない舞台だったけど、
最後は、「微笑み」で終わった。
観客を、
泣かせることよりも、
笑わせることよりも、
怒らせることよりも、
「微笑ませる」ことが、
何よりも、
一番難しい。
役者とか、観客とか、
一切の境界線が消えた、
果てしなく広い場所で、
ただ、
同じ人間として、
別々のベッドで、
どうやら、
同じ夢をみていたらしい。