「蛇口を開けっぱなし」にする生き方

ソロ創作期間含む、
約4週間に渡る映画撮影が終了しました。
入学以来初めて行われた本格的な映画スタージュ。
フランスの国立演劇学校では、
3年間を通して、
映像に関するスタージュが、
少なくとも2回は含まれているのが一般的なようです。
演劇と映画の違いは、
なんといっても、
スタッフの数。
今回の撮影でも、
常時、4人の技術スタッフが、
稽古期間から同行してくれていました。
基本的に、
毎日、待ち時間も含め、
朝、9時から深夜まで、
大家族のように生活するということで、
組織としてのあり方の観点から、
学ぶことの多い時間でした。
それは、ひとえに、
今回の作品の総監督である、
私たちの学校長の一貫した態度のおかげに他ならなかったと思う。
どんなに忙しくても、
毎朝、校長は、自ら、
スタッフ、俳優、ひとりひとりのところに挨拶をしにいく。
挨拶といっても、
南仏の場合、頬に3回キスするので、
多人数の場合、
正直、かなりの時間をとる。
早朝撮影で、
遅刻する人がいた時も、
自宅まで、迎えに行ってあげよう、
と、提案。
時間が押して、
撮影場所利用可能時間ぎりぎりになって、
撮影が終わらなくても、
また、別の場所を探せばいいからと、
俳優へストレスが生じる環境では、
決して撮影は行わない。
そんな彼の口癖は、
「善意(bienveillance)」と「感謝(gratitude)」
撮影が進むにしたがって、
精神的にも、肉体的にも、疲れがたまっていくのに、
不思議と、
関係者全員、どんどん寛容になっていく感じ。
そして、極め付けは、
どんなに忙しくても、
スタッフ・俳優全員で、
撮影中も頻繁に行われた、
作品と創作過程に関するブレインストーミング。
その中で、
彼が語っていた印象的な話が、
「蛇口を開けっぱなし」にする生き方について。
組織で仕事をするときに、
一番、大切なことがひとりひとりが「NO」と言える環境を作ること。
そして、ひとりひとりは「NO」と言うために、
学ぶことをやめないこと。
そして、その「NO」は常に流動的である必要があるということ。
具体的にどのようなことかというと、
例えば、
組織の中のひとりに、不信感を抱いていたとする。
不信感を抱くことは、
とても自然なこと。
ただ、この不信感を決して、不動のものにしてはいけない。
今日、彼のことが全く信用できなくても、
明日、彼のことが大好きになっていることを受け入れられるために、
意識の蛇口は、常に開けっぱなしにする。
「NO」ということは、言動ではなく、行為。
つまり、「NO」といったからには、
必然的にそれに対するアクションがつきもの。
「NO」の直後から始まる、
「行為」を伴う可変性に富む関係から、
壊れやすいけれど、
本物の人間関係がはじまる。
逆に、信用をすでに獲得している関係に対しても同じ。
一度できた関係性に甘えないために、
蛇口は、常に開けっぱなしにする。
不信も、信用も生もの。
世話を怠ると、
知らないうちに、
カビが生えていたりするのかも。
変わらないものなんて、
なにもない。
だから、動き続ける。
学校での創作において、
確実に得たと言えることがひとつだけあるとするなら、
いつだって、
それは、
創作態度に関することばかり。
残念ながら、
俳優として、
特別なことができるようになったとか、
演技がうまくなったと感じたことは、
正直、一度もない。
そもそも、俳優という職業自体が、
「人間」になるための修行のような部分が大きいので、
普通のことなのかもしれない。
しいて、今回、
演技に関することで小さな発見があったとすれば、
以下のことが言えると思う。
演劇は、うまくいった瞬間にはじまり、
映像は、うまくいった瞬間に終わるということ。
演劇という媒体の根本的な特徴は、
再現(reproduire) 芸術であるという点にあるので、
うまくいった感覚をどのように、
くり返していくかを探していく作業が、
そこから始まる。
撮影を担当したカメラマンに言われたことが、
舞台上では、俳優自身が、
再現を可能にするために、
遠くから俯瞰して自分を見るような
「オブジェクティブな目」が必要かもしれないけれど、
逆に、映像では、この作業は、カメラマンの仕事。
主観の目だけを持って、
一回一回の撮影が、
最初で最後であると思って、
演じること。
蛇口は常にあけっぱなし。
ためておけるものなんて何もない。
それでも、
水圧は一定に、
新鮮な水が、
いつだって勢いよく流れ出しているように。
今日も、更新されるわたし。

夢みるチカラと踊る一週間

このブログの一番の頻出単語は、
「夢」という言葉だと思う。
ゆめ【夢】《「いめ」の音変化》
1 睡眠中に、あたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心像。
視覚像として現れることが多いが、聴覚・味覚・触覚・運動感覚を伴うこともある。「怖い―を見る」「正(まさ)―」
2 将来実現させたいと思っている事柄。「政治家になるのが―だ」「少年のころの―がかなう」
3 現実からはなれた空想や楽しい考え。「成功すれば億万長者も―ではない」「―多い少女」
4 心の迷い。「彼は母の死で―からさめた」
5 はかないこと。たよりにならないこと。「―の世の中」「人生は―だ」
理由は、おそらく、
goo国語辞典の定義でいうなら、
5番目の、「はかないこと。たよりにならないこと。」
という理由からだと思う。
人がみる夢は、
いつだって儚くて、
語り続けてていないと、
いつのまにか溶けて消えてしまうのだ。
今回は、そんな夢にまつわる
天国と地獄の間の、
煉獄クリエーション。
いま、思い返しても夢であったとしか思えない、
不思議な一週間だった。
以前のブログでも、
紹介しましたが、
現在、私たちは、
SF映画を撮影中。
映画の中で、
11人全員が全員がアンドロイドとして、
ある舞台作品のオーディションを受ける。
そのシーンを創るにあたって、
ソロのクリエーションが、
実験的に行われました。
最終的に、
何分か使うかは一切考えず、
そのオーディションの課題として、
一人一人が夢にまつわる作品を、
時間無制限でつくり、
カメラマンとともに、
撮影する。
以下が、
実際に行われた、
「夢」クリエーションの流れ。
1.来年の演出プログラムで扱う作品(既存の戯曲を使う人もいるし、自分で書いた人もいる)を元に、モノローグを書く。
2.1の作品の登場人物が夢をみたと仮定し、その「夢」を具体的に構築する。
3.2の「夢」を絵に描く。制限時間は30分。紙は何枚使っても構わない。
4.絵を順番に見せながら、皆の前で、「夢」のストーリーを語る。
5.その夢を、一切言葉を使わずに、ダンス作品にする。ただし、マイム、もしくは、直接的に夢を説明するような動きは、すべて排除する。
6.ダンスを発表。
7.二人組をつくり、相方に、自分が1で書いたテキストを渡し、自分が、ダンスを再度発表している間に、相方は、インプロビゼーションでテキストを読んでいく。
8.撮影された7を繰り返しみて、相方が自分の動きに合わせて読んだのと同じタイミングで、自分がテキストを声に発しながら、ダンスと合わせていく。
私の場合、4までは、
なんの困難もなくすいすいと進んでいったのですが、
5から、煉獄の幕開けでした。
創作をはじめても、
まるまる三日間は、何もできず、
昼間は、他のシーンの撮影があるので、
連日、8時から深夜1時に及ぶスケジュールに、
身体も重くなるばかり。
「夢」にまつわる作品をつくりながら、
家に帰れば、
すぐに、ベッドの中で、
「夢」をみる。
そんな毎日の繰り返しの中で、
「夢」と「現実」とは、
なんだろう、と改めて考えてみました。
私には、「夢」がある。
それは、「現実」の世界にはないもので、
ないからこそ、みているもの。
「現実」の色が濃くなれば濃くなるほど、
「夢」とのコントラストは大きくなるし、
「夢」は遠くにいってしまい、
油断をすれば、
「現実」の色に混ざって、
見えなくなってしまうことだってある。
かといって、
「現実」と「夢」が、
しっかり区別できていればいいかというと、
そういうわけでもない。
「現実」の陰に脅かされていない「夢」は、
持続性がないように感じる。
「現実」があるからこそ、
現実味のない「夢」が、
鮮やかに映し出される。
このクリエーションを通して、
夜みる「夢」と「現実」の境界線と、
将来の「夢」と「現実」の境界線が、
どんどん曖昧になっていく感覚を、
止めることができなかった。
それは、
とても居心地がよく、
触れることはできないけれど、
確かにここにあるもの。
「夢」が、
「現実」を前に、
破れてしまう可能性があるなら、
「現実」自体を「夢」に、
近づけていくことはできないのだろうか?
「夢みるチカラ」、
必須要素は、
持続性。
夢の続きと目覚ましの音の間で、
目が覚める。
夢をみた。
確かに、夢をみたのに、
思い出せない。
そんなとき、
もう一度、目を開けたまま、
夢の中に入っていけたらいいのに。
最終日の撮影は、
ふたつの方法で行われた。
ひとつめは、
真っ白いスタジオの中の、
中央に、椅子をおいて、
その椅子に座って、目をつぶる。
自分の動きを頭の中で、
反芻しながら、
そのリズムで、
テキストを声に出していく。
「夢」と「現実」が、
自分が書いたテキストと、
現実の時間と、
身体の感覚の中で、
ぐつぐつと煮え出した途端、
自分がどこにいるのかわからなくて、
自然に涙が溢れてくる。
あのとき、私は、どこにいたのだろう。
そして、ふたつめが最終形。
相方がつくりあげたタイミングで、
自分のダンスにテキストをのせていく。
どんなに集中していても、
フランス語で台詞を言うときは、
いつだって、恐怖でいっぱいの私なのに、
今日は何も怖くない。
夢の中で、
私の身体が、
勝手に、夢を生きている。
私は、その夢をみているだけ。
まさかの、
取り直しなしの、
ワンショットで終了。
一瞬にも思えた夢の時間は、
現実では、22分間だった。
夢は、
大きい。
そして、
遠い。
その夢を前にしても、
私たちは、
起きて、
ご飯をたべて、
仕事をして、
寝て、
また、
起きる。
だから、
私は、
夢を実現する力よりも、
夢を「み続ける」力がほしいのだ。
だって、現実は、
いつだって、変化しながら、
それでも、続いていく。
夢は、
大きければ、大きいほど、
枯れやすい。
遠ければ、遠いほど、
失くしやすい。
だから、
今日も、
しつこく、
夢みるチカラ。

俳優がお金を稼ぐってどういうこと?

先週末は、くじ引きで当たりを引いて、
実にシビアな体験をすることとなりました。
モンペリエのCDN(公共劇場)、
『humain trop humain』から、
劇場主催のプロジェクトに参加する俳優を6名依頼されました。
内容は、動物園の中の熱帯室での、
リーディング公演。
初めて、学校に依頼された、
有給仕事に、心躍らせていましたが、
11人全員ではなく、
6人とわかった時点で、
フランス語が母国語ではない私に、
「読む」仕事の出番はないだろうと思っていました。
平等にくじ引きで決めようということになり、
「私は、多分、実力的に厳しいと思う」と、
弱気発言をすると、
「できるかできないかじゃなくて、
 やりたいかやりたくないかだから!」と押し切られ、
くじ引きに参加。
まんまと当たりを引いて、
猛烈な不安を抱きながら、
初めての有給仕事に参加することに。
50ページ近くある、
ほぼ論文のような、
モノローグのみで構成された台本を読み始めると、
なんと内容は、殺戮の歴史について。
はじめて出会う単語の波に、
一気に押し流され、
もはや、辞書も役に立たない。
翌日には、
早速、動物園にて、
読み合わせと、マイクテストの予定が入っていたので、
なんとか、読み合わせで、
最低限、読めるようになっていなければならない。
プロデューサーと演出家は、
外国人がやってくるなんて思ってもいないだろうし、
初日の読み合わせで、
この人には、無理そうだなと思われれば、
2日後の本番までに、間に合うはずもないので、
簡単に、他の俳優にチェンジするだろう。
授業ではないので、
私が努力して、すこしレベルが上がることよりも、
単純に、当日、観客が、
内容を正しく聞き取れるかがすべて。
そんな妄想と恐怖のなかで、
溺れかけながら、
とりあえず、配役されていないなか、
どこが当たってもいいように、
50ページ、全てを最低限口に出して読めるようにする。
とは言っても、
おぼつかない単語もそこここに残る。
そして、金曜日。
動物園での稽古読み合わせ初日。
時計回りで、順々に1ページ近くあるモノローグを読んでいくことに。
手が汗で、びたびたになりながら、
なに食わぬ顔で台本を読む。
私が、交代させられることを、
かなり怖がっていたので、
私の順番に回ってくるであろう箇所を、
となりの俳優が、耳元でそっと教えてくれる。
ナイス・チームワーク。
学校で行われるスタージュの時は、
新しい演出家が来るたびに、
言葉のレベルや、困難を話す時間を設けるようにしているけれど、
仕事としての現場において、
そんな個人的な心配事は、
共有する必要なし。
その日は、私の言語に関しては、
何も触れられずに解散。
動物の鳴き声が響きわたる、
のどかなはずの動物園も、
今日の私にとっては、
お化け屋敷でしかなかった。
翌日、稽古2日目。
配役をされながらの読み合わせ。
数カ所、発音を注意される。
フランスに来てもう長いの?と聞かれ、
3年半です、と答えると、
そんなに短いの?と驚かれる。
実は、演出家はスペイン人で、
フランス語で、公演することが多いので、
彼と仕事をするスペイン人の俳優は、
フランス語で仕事をすることが多いそう。
ということで、
実は、フランス語が母国語ではない俳優を使うことに、
そんなに抵抗はなかったよう。
フランス語は、
ひとつであって、
ひとつでない。
フランス人にしか、
話せないフランス語があるように、
外国人にしか、
話せないフランス語があるそう。
多国籍、
かつ、移民国家であるフランスにおける言語は、
日本における日本語とは、
少し違う。
以前、とても尊敬している人に、
教えられた本、
多和田葉子『エクソフォニー 母語の外に出る旅』の中に書かれていたこと。
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6022110/top.html
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パリで講演会をした時に、
「なぜ、あなたは、フランス語ではなく、
ドイツ語で小説を書いているのですか?」
と質問されて、困ってしまったという。
アメリカ人が言う、
「ドイツ語でなく、英語で書けばいいのに」
と、フランス人がいう、
「ドイツ語じゃなくて、フランス語で書けばいいのに」
の間には、決定的な違いがあるという。
フランスには、
言語に対して、
単にコミュニケーションの手段としてではない、
芸術としての敬意があり、
この美しさに触れたいと願っている外の人間に対しては、
寛容であるとともに、
その「姿勢」(取り組み方)に対する要求が高い。
公演当日、
観客は、美術館の音声ガイドのように、
ヘッドフォンから流れる、
私たちのオンタイムのリーディングを聞きながら、
動物園の熱帯コーナーの中で、
自由に移動したりすることができる。
つまり、
俳優の声が、
かなり細かいところまで、
観客の耳に届く。
最終稽古に向けて、
猛特訓開始。
私は、合計7ページくらい割り当てられたところがあったのだが、
もう長年の付き合いになる、
パリ在住の発音の先生とスカイプで、
ひたすら発音をチェック。
面白い台本ではあるが、
内容的にもかなり複雑な内容なので、
発音が聞き取れなかったら、
観客にとっては、二重のストレスになってしまう。
日曜日。
最終リハーサル。
ゆっくり読むということを意識して、
なんとかフランス人に近い発音まで持っていく。
自分の中では、
前日と比べ、
練習した割には、
大きな変化は感じられなかったものの、
プロデューサーは、
すごい練習したね!と大喜び。
すごいうまくはなっていなかったのかもしれないけれど、
すごく練習したのは伝わったようだ。
そして、
月曜日、本番、無事終了。
いい
っっ
ぁぁ
俳優がお金を稼ぐということ。
もしくは、芸術家がお金を稼ぐということについて、
必然的に考えさせられた。
これは、信用を稼いでいくことなのだと思う。
フランスに来てから、
人の2倍、3倍「努力」することは当たり前で、
それでも、みんなと同じようにはできなくて、
学校教育範囲内において、
正直、「努力」に支えられてきた部分は、あったと思う。
必ずしも、
大きな結果が得られなかったとしても、
「頑張ってる」から、
認められてきた部分はあったかもしれない。
それが、社会に出たとたん、
「仕事」、つまり、お金を稼ぐことにつながった時、
「努力」だけでは、どうしようもなくなる。
「努力」に見合う「結果」を出すことさえもどうでもいい。
「努力」という言葉は、もういらない。
おそらく、
「努力」を、
「信用」に還元していく方法を探していくことだと思う。
なぜなら、
俳優、芸術家は、
仕事をした後に、お金をもらうのではなく、
仕事をする前に、お金をもらうことが多いからだ。
まだ実現していない自分の企画のために、
資金を集めることもあるだろう。
助成金をもらって、
自分の芸術家としての、
生活環境をつくることもあるだろう。
フランスにいると、
いかに、芸術を仕事にしている人たちが、
「信用」によって、
生活していくためのお金と、
創作を続けていくためのお金の
両方を稼いでいっているかがよく分かる。
そして、これらを両立させることが、
決して簡単な道だと思わないけれど、
決して夢のまた夢だとは思わない。
夢を見続けるために、
理想と現実を、
大きなお鍋の中に、
一緒に入れて、
長いへらで、ゆっくり混ぜる。
お金はないけど、
夢はある。
夢があるから、
お金が必要。

演出家とうまくいかない時、俳優はどうしたらいいの?

先週から始まったのは、
はじめての映画スタージュ。
稽古2週間、
撮影2週間で、
ディレクターが、
私たち11人のために書きおろしたシナリオを元に、
中編映画をつくります。
第1週目の先週は、
主に、ブレインストーミング。
カテゴライズするなら、SF映画に入るので、
サイエンス・フィクション及び人類学に関する知識を、
ここでぎっしり仕入れます。
毎日、22時過ぎまで及ぶ稽古のあと、
そのまま学校にのこり、
必須SF映画鑑賞会。
日本の映画も2本!
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』
『鉄男』
『メトロポリス』(Metropolis)
『ブレードランナー』(Blade Runner )
『EVE イヴ』(Eve of Destruction)
『狂気の主人公たち』 Les Maîtres Fous (The Mad Masters)
なかでも、文化人類学者でもあり、映画監督でもある
ジャン・ルーシュ(Jean Rouch)氏の『狂気の主人公たち』は、
圧倒的だった。
日本では、配給されてないようですが、
英語字幕で、全編視聴できます。


撮影への準備を進めながら、
毎日、稽古の初めに設けられた時間が、
先週終えたヨン・フォッセの公演に関するフィードバック。
毎日、少しづつ、
自分が感じたこと、
発見、苦労、課題、
どんなに個人的な事でもいいので、
稽古にも度々立会い、
本番も、2回以上観てくれた校長を含む、
11人全員で、
意見交換をしていく。
俳優としての、
舞台創作における位置を探っていくことが、
メインテーマになる。
フランスの演劇史において、
決して無視することのできない系譜のひとつが、
「演出家の時代」と呼ばれる80年代。
古典作品を多く上演していたこともあり、
表立って演劇界を担っていたのは、
俳優でも、劇作家でもなく、
演出家だった。
90年代、EU統合とともに、
外国人とのコラボレーション、
他分野とのコラボレーション、
テクノロジーとの共存など、
ボーダレスな時代を経て、
今日、
改めて、
演劇における俳優という立場を問われている気がする。
例えば、
校長曰く、
演出家の中には、
大きく分けて、2種類のタイプがあるということ。
一つ目は、どのように俳優を自分のイメージに導いていけるかを模索する人。
そして、もう一つは、
その俳優から、何が現れるのかをひたすら待つ人。
俳優主体のカンパニーが増える、
今日の演劇界において、
演出家が受動的であり、
俳優が能動的である後者のタイプのクリエーションが増えてきているそう。
それに伴い、
演出家とどのように付き合っていくのか、
という問題が自ずと浮上してくる。
そして、演出家とうまくいかなかった時にとれる対処法は、
大きく分けて、
二つしかないという結論に至る。
一、話す(parlez)
それができないのなら、
二、反応で示す(réagissez)
具体的にどういうことかというと、
何か、納得のいかないことや、
どうしてもうまくいかないことがあったとき、
単純に、その状況を停滞させないために、
こちらから、演出家に話を切り出す。
ただ、稽古の雰囲気や、
お互いの関係性により、
どのような現場でも、
話す、ということを実行に移すのは簡単なことではない。
特に、学校という教育機関の中での、
演劇創作の場合、
どうしても、演出家を「先生」と混同してしまうことがあるが、
お互いにこの意識があっては、
クリエーションも、
「経験」という程度の枠におさまってしまうから危険だ。
そこで、一番、とってはいけない行動が、
納得していないのに、
我慢して言われた通りにすること、
もしくは、できるようになること。
私たちが、
「学校」という場所で学んでいるのは、
一過的に求められていることをできるようにするような、
その場しのぎの「いい演技」ではなく、
もっと、遠くにいくための「過程」
ここで「過程」と言っているのは、
自分にとっての「いい演技」ができるような、
人間関係を含む、
クリエーション環境を整える
自分だけのメソッドのこと。
稽古場で、どんなに権力を持っている人が演出家であったとしても、
舞台の上で、決定的な権力を持っているのは、俳優。
逆に言えば、
観客の前で、作品をぶち壊すことができる人も、
俳優しかいない。
稽古の時点でも、
舞台の上にいるときは、
この権力を有しているのだから、
どんどん新しいプロポジションをみせていく。
さらに、通し稽古が始まったら、
その中で、
作品の全体像を掴みながら、
演出家と抜き稽古で作ってきたシーンを、
さらに進化させていけるかが、
俳優の仕事であり、
出演者の人数が多くなればなるほど、
一人一人が、
自分が出ているシーンだけではなく、
全体像をつかめるようになっていけるかということが、
演出家との、
コミュニケーションに発展したら、
素敵だと思う。
もちろん、こんなユートピアみたいな現場を、
いきなりつくろうとしても限界がある。
私なんて、新しい演出家が来るたびに、
一週間近く、距離感が掴めず、毎回もじもじしてしまう。
ただ、ここで答えを出すことが重要なのではなくて、
同じ舞台を踏んできた、
自分と、他者とで、
問題を共有することが、
問題意識を、身体にしっかりと定着させることが目的。
気になったことと、
同居しながら、
新たなクリエーションをはじめることで、
忘れた頃に、
あ!こういうことだったのね!という、
サプライズなプレゼントが届くという。
でも、
なによりも、
このディスカッションがもたらしてくれるものは、
「ちょっとほっとする気持ち」
自分に自信がなければない時ほど、
自分よりはるかに能力を持っているようにみえてしまう同志たちの悩みに、
耳を傾けることで、
どうしたって、
「ちょっとほっと」してしまう。

意外に柔軟な「過去」という名の今日までの私の「歴史」

無事、公演終了しました。
普段は、公演後、たくさんの人と話したり、
創作過程をシェアしたりして、
褒められたら、単純に嬉しいと思うけど、
今回、一番褒められたかった相手は自分だった。
ヨン・フォッセの戯曲は、
特殊だ。
言葉、ひとつひとつは平凡で、
日常の中に紛れてしまうような小さな塵にすぎない。
ただ、その言葉たちが、
繰り返され、
連なり、
引き返し、
交差し始めた頃、
静寂の中、
彼らは水面を浮遊するように、
踊り始める。
言葉たちを踊らせるために、
俳優の解釈が邪魔になることがある。
今までは、
いかに、
正確、かつ、具体的に、
言葉を舞台空間にひとつひとつ配置していくことが、
課題となることが多かったが、
今回のテキストに限っては、
全く違った。
例えば、
同棲している恋人が、
家を出ようとしているとする。
「行かないで」と言いたい。
しかし、
自分の口から出てくる言葉は、
「そういえば、さっき君のお母さんから電話があったよ」
ということだったりする。
ヨン・フォッセの戯曲に関しては、
俳優の意識と、
台詞が、
遠い場所にあればあるほど、
彼の言葉たちは、
自由に踊るのである。
この作業が、
私にとっては、
地獄の始まりだった。
どんなに、どんなに、
台詞を完璧に覚えても、
意識をテキストから切り離すというリスクをとった途端に、
いつ、台詞が自分から逃げて行ってしまうのかという、
絶え間ない恐怖にかられることになる。
台詞が出てこなくなるのが怖くて、
リスクをとることができなくなりそうになってしまうことが、
何度となく起こった。
その度に、演劇という表現媒体の特質と魅力を考えて、
リスクを取り続けるための稽古を繰り返した。
ヨン・フォッセのテキストと同じ。
人間は、
究極に追い込まれたとき、
繰り返すことしかできないのだと思った。
本当に、
情けないけど、
繰り返すこと以外何もできなかった。
本番、直前まで、
口の中で、
台詞を念仏のように唱えながら、
幕を開けた本番。
私ひとりの15分近いモノローグから、
始まる。
ふと、気がつくと、
私の身体から、
ずいぶんと遠い場所で、
少し前に、
私の口から、
紡ぎ出されたと思われる言葉たちが、
踊っていた。
ここが、
私の、
行ってみたかった場所。
見てみたかった場所。
聞いてみたかった場所。
一週間前には、
挑戦することも、
到達することも、
想像すらできなかった世界。
この領域における俳優の仕事というのは、
観客から観たら、
本当に微々たる差なのだと思う。
その微々たる差が観客には同じに見えるかもしれないし、
逆に、
その方が、いい仕事をしたということなのかもしれない。
だから、
今回だけ、
私が一番褒められたい人は、
演出家でも、
観客でも、
共演者でもなく、
一週間前に、
ただただ呆然と作品の前に立ち尽くし、
めそめそしていた、
過去の私だ。
そんな、過去の自分の方へ、
そっと身を翻そうとした時、
自分の本棚から、手に取った一冊。
阿部謹也『自分のなかに歴史を読む』
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阿部謹也氏は、ドイツ中世史を専門とする、
歴史学者。一橋大学名誉教授。
一橋大学の学長を務め、紫綬褒章まで受賞されている。
華々しい経歴のイメージを一瞬で覆す、
「作文」を思わせるような、
暖かくて、きゅっと寄り添ってくるような文体に、
一気に肩の力が抜ける。
歴史研究とは、
「自分」研究と言い換えることもできるのか。
高校受験以来、
「歴史」という言葉の前に、
立ちはだかっていた巨大な壁も、
優しい冬の太陽の下で、
少し恥ずかしいような気持ちで、
溶けていく。
過去の自分を正確に再現することだけでなく、
現在の時点で過去の自分を新しく位置付けてゆくことなのです。
この点に関して、
阿部氏が引用されていた、
ソヴィエトの文学者、ミハイール・バフチーンという人の言葉。
(前略)
もし、ある作品が完全に現在のなかに埋没し、
その時代にしか生まれないものであって、
過去からのつながりも、
過去との本質的な絆ももたないとしたら、
その作品は未来に生きることはないだろう。
現在にしか属さないすべての事物は現在とともに滅びるのである。
この文章は、
過去・現在・未来という、
決して交わることのない兄弟を、
「絆」というアイテムをつかって、
チームにする、
強烈な思想だと思う。
過去は、未来のためにあり、
現在は、過去をどんな過去にしていくかで、常に変化し、
未来は、そんな可塑性の高い現在の先にあるもの。
過去は、変えられる。
だから久々の週末は、
未来のために、
現在の私による、
過去の微調整。