アーティストにおけるメジャーの定義とは?

待ちに待った日本滞在、

私の一ヶ月間の夏休みはあっという間に終わってしまった。

もう、フランス生活も5年になるので、

日本に戻ってくるたびに、「ただいま」というより、「お邪魔します」という感覚に移行しつつあるのが正直なところ。

それで、なぜか気後れしまって、なかなか友人にも会いたいのに誘えなかったりして、なんだかんだ一人でいる時間が非常に多かったりする。

そんな日本での一人イベントは、今は亡き天才ラッパー不可思議/wonderboyの5周忌ライブから幕を開けた。(過去のブログ:Living Beahavior (生命的行為)へのために、私自ら「実験台」になります。

まず、狐火さんと  GOMESSさんのライブアクトに、完全に身体を持っていかれる。

 

去年くらいから、もういい俳優をお手本にしたりすることにも行き詰まってきていて、

高校生の時から、ずっと追いかけ続けてきた「ラッパー」という存在を、

舞台上での「アティチュード(態度・姿勢)」という観点から再考してきた。

いうまでもなく、ラップのフリースタイルバトルなどで、この「アティチュード」というポイントは、勝敗に大きく関わる。

 

どちらかというと歌詞を重視するような「ポエトリーリーディング」という枠を超えて、

この二人の「アティチュード」は圧倒的であり、ヒップホップを超えて、非常に演劇的であると思う。

私が卒業した学校の校長も、俳優兼演出家兼ロックンローラーという謎の経歴を持つ人物で、

よく、「もっとロックでいっちゃっていいよ」とか、「リミッター解除」などと言われていたので、自信を持って、ラッパーのアティチュードを舞台の上で活かすことができないかと研究させてもらった。

 

このイベントの最後に、不可思議/wonderboyと同じLOW HIGH WHO? のアーティスト、paranelさんが言った言葉が、私の日本での夏休みの間、一瞬も離れることなく付きまとうこととなった。

 

「カルチャーで通用するアーティストになるのは、簡単。

難しいのは、社会で通用するアーティストになること。」

 

例えば、音楽の世界で、インディーズをメジャーに行くための通過点ととるか、アンダーグラウンドとしてコアに掘り下げていくかという選択肢があるとする。

それでは、メジャーになることが、社会に通用するアーティストで、アンダーグラウンドが、カルチャーで通用するアーティストなのかというと、それは違うと思う。

 

というわけで、7月の一ヶ月間のテーマは、

アーティストにとってのメジャーの言葉の定義を探るべく、

日本におけるハイカルチャーとサブカルチャー、そして、アンダーグラウンドを、

メジャーという観点からできる限り触れてみた。

私は、批評家ではないので、客層、予算、規模など物質的な分析はあえて触れずに、

あくまでも自分が、発信、もしくは、消費される側の立場として、そこで提示される「内容」だけに特化すると、ひとつのキーワードにたどり着く。

 

「せめぎ合い」

 

アーティストは、あくまでも、社会(大多数)の中に生きる、個人(ひとり)の価値観を提示していく。

この「せめぎ合い」という頃合いは、社会に対するアンチとも違うし、社会が求めるものに寄り添い提供するものでもない。

例えば、演劇の場合、作品が大きくなればなるほど、制約も大きくなる。

この制約の中には、予算に大きく関わる集客という大切なキーワードも含まれる。

人が集まらなければ、演劇は、作品として成立しないし、

かと言って、より多くの観客を満足させる作品をつくればいいというものでもない。

少なくとも、私が舞台に立つ時は、

観客一人一人の中で大なり小なり革命を起こすというレベルに持っていくのが仕事だと思っているし、それだけの力を演劇は持っている。

 

創作過程において、この「せめぎ合い」が強ければ強いほど、

その作品の好き嫌いに関わらず「メジャー」に通用する作品が生まれるのでは?というのが、

今の私的観測。

 

私が思うに、おそらく24年間、深く深く「せめぎ合い」続けたであろう、不可思議/wonderboyの遺品のジャンバーと、

彼が「いつか絶対売れるんで!!!」と新宿南口で叫んでいた路上ライブの映像。

スクリーンショット 2016-08-02 9.59.21.png

 

 

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『27歳のリアル』

連日、深夜まで続く稽古で、

全くブログを更新できなかったのだけれど、

来週の本番と、

そして、28歳を迎える誕生日の前に、

どうしても書き残しておきたいことがあった。

それは、『27歳のリアル』について。

エミネムが一世を風靡していた中学生の頃から、

私は日本語ラップにしか興味がなくて、

その情熱は今も変わらない。

どちらかというとラップというよりも、

ポエトリーリーディングよりなラッパーを贔屓している。

アルコールなしには語れないであろう、

ちょっと照れくさくなってしまうような熱い気持ちを、

好きなだけ音楽にのせて、

伝えていくことができるなんて、

なんて素敵な職業かと思う。

毎年、「◯◯歳のリアル」という曲を作っている、

狐火さんというアーティストが、

最初に作ったのが『27歳のリアル』

そして、この曲をリミックスして、

発表したのが、埼玉レプゼンの空也MCさん。

『27歳のリアル〜空也MCのREMIX〜』

私にとっての、27歳のリアルは、

27歳で出会ったこの曲に完全に凝縮されていた。

結果が欲しい、

綺麗事は無しで全てのクソッタレを黙らせるくらいの

結果が欲しい、

抽象的で甘ったるい感情論を一撃でぶち殺すくらいの

有線?カラオケ?メジャーデビュー?国内外のツアーで超バブリー?

でも本当は地元の飲み会で友人を認めさせるだけの結果が欲しい

結果が欲しい、

綺麗事は無しで家族に一人前と認めさせるくらいの

結果が欲しい、

俺に甘いばーちゃんの心配を片っ端から吹き飛ばすくらいの

有線?カラオケ?メジャーデビュー?国内外のツアーで超バブリー?

でも本当は久しぶりに帰ってきた実家で胸を張って話せる結果が欲しい

私にとっての、

27歳は、

理想とか、

哲学とか、

思想とか、

もう、そんなことをのんびり語ってはいられない

現実に、

流されてしまいそうで、

それでも、

なんとか、

ほんの少しの

充実と、

自信と、

満足を、

何倍にもかさ増ししながら、

持ちこたえていた感じだった。

そのせいで、恵まれた創作環境を、

享受しきれなかった部分も正直あったと思う。

27歳。

自分の周りで、

同じ夢を見ている同志たちよりも、

もう長く会っていない、

地元の友達の「今」が気になる。

27歳。

一緒に作品を作る機会を与えられた、

有名な演出家に褒められるよりも、

日本にいる家族にわかるような、

目に見える「成長」のしるしが欲しかった。

そんな27歳とも、

あと、5日間でお別れ。

心の底から共感した、

『27歳のリアル〜空也MCのREMIX〜』とも、

そろそろお別れ。

28歳を前に、

ふと、周りを見渡すと、

ひたすらにかき集めてきた粘土が、

少しずつ、

カタチを成していっているのが見える。

28歳は、

「夢」と、

「現実」の間に位置する、

「信用」の歳にできたらいいと思う。

不可思議/wonderboyを聞いて、今日は舞台初日。

前回のブログ(83歳現役俳優と24歳で亡くなった天才ラッパーから学ぶ「生きる」について
で取り上げた不可思議/wonderboyについて。
知らない人の「死」が、
悲しくて、悔しくて、
涙が止まらなくなったのは、
おそらく、
産まれてはじめてのことだと思う。
何歳になっても、
「産まれてはじめて」の経験との遭遇は、
スペシャル。
ついでに、
年齢を重ねるほど、
スペシャル度は、
増していく。
不可思議/wonderboy、2011年【路上LIVE】映像。


こんなに、
格好わるくて、
本質的に、
根本的に、
いや、
抜本的に、
格好いい「生き様」に、
出会ったことがなかったから、
自分でも、
動揺するほど泣いてしまった。
サン=テグジュペリ『星の王子様』で、
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
 かんじんなことは、目に見えないんだよ。」
と、星の王子様は言った。
かんじんなこと、
目に見えないものを、
見ようとすることは、
億劫だし、
時間かかるし、
疲れる。
不可思議/wonderboyは、
心を使わないと、
目に見えないものを、
見ようとし続けた人だと思う。
たとえ、
まわりが、
同じ方法をとらなくても、
ひとりで、
やり続けた人だと思う。
だから、
彼の「言葉」、
そして、
彼の「声」は、
今日も、
戦っている。
自分の「言葉」を世界に発信すること、
こんなにも、
苦しくて、
悲しくて、
孤独で、
いつ壊れてもおかしくないほど、
繊細で、
だから、
愛おしい。
今日は、
モンペリエではじめての本番。
華やかな「エンゲキ」の舞台の上に、
世の中に存在する、
数々の「哀しみ」も、
しっかり背負って、
立ちたいと強く思う。
『Pellicule』by 不可思議/wonderboy
久しぶりどうしたんだよ髭なんか生やして
肌の色も真っ黒だしヒッピーみたいじゃんか
随分と遠くまで行ってきたらしいじゃん
何か掴んだかよ?とりあえずは飲もうぜ
みんなお前のこと何気に心配してたんだぜ
みんなっつうと そう いつものメンツのことなんだけど
今日はちょっと忙しくてこれないみたいなんだ
だからえっとそうだな二人だけで話そう
それにしてもみんないつの間にかいなくなるよな
だからべつにそれがどうってわけでもないんだけど
最後に挨拶くらいしていってほしいっていうか
まあべつにそんなことどうでもいいんだけどさ
そういえば昔さ いつだったか覚えてる?
流星群がくるからって校庭に集まって
寝そべって夜空を眺めてたんだけど
時間だけが流れて星なんか流れないの
ああ今俺もしかして上手いこと言ったかな~
寒かったな~あれもう二度とやりたくないけど
次の流星群っていつくるんだろうね
まあ別にそんなことどうでもいいんだけどさ
そうやって俺達はいつまでも待ってた
来はしないとわかってながらいつまでも待ってた
俺たちの知る限り時間てやつは止まったり戻ったりはしない
ただ前に進むだけだ
だから今日は戻らない日々を思い出して笑おう
今日だけ今日だけは思い出して笑おう
こういうのってあんまり格好よくはないけど
初めから俺たちは格好よくなんてないしな
俺たちっていつかさ結婚とかすんのかな子供とかできてさ
庭付き一戸建てとかをローン組んで買ったらできた気になるかなって
この話前にも聞いた気がするわすまんね
とりあえず今んとこは彼女とかもいないし全くお金もないから可能性は0だね
そういえばお前んとこのあの彼女どうしてんの
たまに俺に貸してよってこれも前に言ったか
冗談はいいとして同窓会どうする?
行かないよな行ったって話すこともないしな
大体どんな顔して行けやいいっていうんだよ
自慢できることなんて一つだってないのに
あの頃ってなんにでもなれる気がしてたよな
いや実際頑張ればなんにでもなれたか
でもこうやっていろんなことが終わっていくんだもんなって
やあ 始まってすらいないか
そうやって俺達はいつまでも待ってた
来たるべき何かが来ると信じ待ってた
グラスの中の氷はとっくに溶けてなくなって
俺たち以外にもう人はだれもいなくなってた
だから今日はありもしない未来について語ろう
今日だけ今日だけは想い描いて語ろう
こういうのってあんまり格好よくはないけど
大丈夫俺たちのことなんて誰もみちゃいないよ
待ってた俺たちはいつまでも待ってた
気はしないとわかってながらいつまでも待ってた
俺たちの知る限り時間てやつは止まったり戻ったりはしない
ただ前に進むだけだ
だから今日は戻らない日々を思い出して笑おう
今日だけ今日だけは思い出して笑おう
こういうのってあんまり格好よくはないけど
初めから俺たちは格好よくなんてないしな

私の狂気リスト2013、キム・ギドク、柳家花緑、そして…

19歳の誕生日に、
荻窪の古本屋(しかも、竹中書店!)で、
三島由紀夫戯曲全集を20,000円で自分にプレゼントして以来、
私のアーティストへの尊敬の基準は、
狂気。
つまり、何かを目の前にして、
驚き、感動、賞賛を、通り越して、
一言に、「怖い」という感覚。
まさしく、
「畏敬の念」
2013年一発目は、
以前ブログでも言及し、
ただいま、日本でも公開中の映画、
キム・ギドク『嘆きのピエタ』
http://www.u-picc.com/pieta/
(過去のブログの記事:キム・ギドクの映画で、顎がはずれる。
続いて、女子高生の時から通っている、
鈴本演芸場「五月下席」での柳家花緑『試し酒』
ちなみに、昼の回は、
あまりの豪華メンバー(菊之丞、さん喬、正蔵、権太楼、三三、一朝、白酒、花緑)のため、
私の中で、完全に伝説化しました。
なぜって、鈴本で、立見!!
柳家花緑と言えば、
祖父に柳家小さんを持つ、まさに落語界のサラブレッドとしても有名。


今まで、私も何度か拝見させて頂いたことがあるのですが、
いつも、落語家なのに、なんて言葉を綺麗にしゃべる人だろう、
と、彼の持つ言葉の意味を伝えるテクニックに、
いつも感心していました。
『試し酒』は、お酒を一気に5升飲めるかどうか、賭けをする話。
http://ja.wikipedia.org/wiki/試し酒
主人公の久蔵さんが、1升づつ、お酒を飲み干していくのですが、
そのお酒を飲む演技に、開いた口が塞がらず。
サラブレッドも、暴れ馬も、超えて、
完全に、「怪物」と化していました。
枕で、祖父小さんの大食い伝説を話していたこともあり、
後半に進むにつれ、
本当に小さんが乗り移ってしまったのかと思うほどの、
現世を超えた狂気で、
私は、一番前に座ってしまったことを後悔するほどの「恐怖」に取り付かれました。
会場を出たときの、
開放感と、背骨の痛みを今でもよく覚えています。
さて、19日、パリ、Maison de la Mutualitéにて行われた、
先日ブログでも書いた、上原ひろみコンサートに行ってきました。
http://www.maisondelamutualite.com/
(過去のブログ:フランス人の中で、私がフランス語担当?! vol.1フランス人の中で、私がフランス語担当?! vol.2 〜天才ジャズピアニストHiromi〜
開演して、可愛いワンピースに身を包んだ彼女が舞台に入ってきて、
会場が拍手と喝采に包まれて、
私は、コンサートに慣れていないので、
なぜ、まだ何もしていないのに、
拍手するんだろう、と疑問に包まれていると、
彼女がピアノの前につく。
ガラス細工のような、2本の腕をそっと持ち上げて、
10本の指が、
ふわっと揺らいでから、
まるでスカートの裾のように自然におさまる。
そして、音の移動が、
一斉に、
始まる。
多分、彼女の指が紡ぎ出す音を聞いていたのは、最初の2秒くらいで、
あとは、彼女の身体から出てくる空気を聞いていた感じ。
この人は、
いま好きなことをしている。
好きだから、
ここにいて、
好きだから、
続けている。
たぶん、それだけ。
たとえ、実際そうじゃなかったとしても、
構わない。
私には、純度が高すぎて、
ここまでやって来た過程とか、苦労とか、困難とか、
かけらも感じられなくて、
だから、
その人が発する空気を、
身体全面で受けなきゃ、と必死で、
気づいたら、また、背骨が痛くなっていた。
そして、
ここまでの純度の中で生きている彼女を、
やはり、
「怖い」
と思った。
狂気メモ、
呼吸が一定ではなくなり、
無意識に、背骨が痛くなる体勢をとってしまっているとき、
狂気は、
すぐ近くにいます◎

フランス人の中で、私がフランス語担当?! vol.2 〜天才ジャズピアニストHiromi〜

(フランス人の中で、私がフランス語担当?! vol.1の続き)
そもそも、
演劇は、
音楽、舞踊と比べても、
最もプロフェッショナルとアマチュアの境が曖昧な芸術で、
「基本のテクニック」というものに対する考え方なしにも、
成立する分野だと思います。
甘えにも、武器にもなる、
「個性(パーソナリティ)」という言葉が、
演劇には、存在するから。
「テクニックの上に成り立つパーソナリティ」と、
「テクニックなんて気にしないパーソナリティ」
と、どちらがいいのか。
そして、最近、たまたま、
「テクニックの上に成り立つパーソナリティ」の、
完全なる勝利に出会ってしまったのです。
友達に誘われて、特に興味もなく行ったマレ地区にある割と有名なジャズバー、
Duc des Lombards
時間によっては、無料でジャズセッションを聞くことができるので、
お金のない学生にも人気だそう。
そこで、コンセルバトワールのインプロワークショップの先生に遭遇。
なんと、有名なトランペット奏者でした。
私がジャズ愛好者だと勘違いして、
先生が、尊敬してやまないと教えてくれたアーティストが、
天才ジャズピアニスト、上原ひろみさん。
http://www.hiromiuehara.com/
その後も、私が日本人だとわかると、
会う人会う人ごとに、
「Hiromiを知っているか??」と、
目をキラキラさせながら、聞かれる。
早速インターネットで調べてみると、
なんと34歳にして、この輝かしい経歴。
「スタンリー・クラーク・トリオ feat,上原ひろみ」で第53回グラミー賞において「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」を受賞。
日本人アーティストでは唯一となるニューヨーク・ブルーノートでの7年連続一週間公演成功。
さぞかし、天才的なひとなんだろうなあ、
と思い、you tubeにアクセスして、
30秒後には、宇宙人に遭遇したような不安な気持ちになり、
1分後には、この人はどこかの星の神だと確信しました。
私が発見した極上の動画は、
『心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU』というテレビ番組に、
彼女が出演したときの映像。


そして、あまりの衝撃に、
神様に会うべく、
人生で初めて、
5,000円以上のコンサートチケットを購入しました。
というか、多分、コンサートに自分から行くのも初めて。
208235_hiromi-the-trio-project-paris-05.jpg
http://www.parisetudiant.com/etudiant/sortie/hiromi-the-trio-project-paris-05.html
彼女のライブ映像を見てもわかるように、
まず目がいってしまうのが、
彼女の身体、表情、ダンス、
そして、彼女を取り巻く空気、
「彼女」そのもの。
彼女は、音楽であり、舞踊であり、演劇。
ただ、そのキラキラこぼれ落ちんばかりの「パーソナリティ」が、
どこから溢れ出ているかというと、
どう考えても、「テクニック」と答えざるを得ない。
では、
「パーソナリティ」を運んで来てくれる「テクニック」とは何か?
おそらく、私たちの目には見えない「テクニック習得時間」
「テクニック」そのものではなく、
できなかったものが、できるようになるまでの時間。
そして、そのくりかえし。
そして、「テクニック」から生まれた、「パーソナリティ」だけが、
「ミラクル」を起こす可能性を持っている。
彼女のライブは、まさに「ミラクル」だらけ。
希少価値が高いからこそ、
「ミラクル」と呼ばれるような瞬間を、
「ミラクル」のまま、起こし続けている彼女は、
やっぱり、
神様。
やれば、
できないかもしれないし、できるかもしれないし。
でも、
やらなければ、
絶対できない。