エネルギーを翻訳する。

時間が経ってしまいましたが、

昨年末にやった日仏通訳の仕事のまとめ。

フランス国立演劇センター ジュヌヴィリエ劇場とSPAC-静岡県舞台芸術センターで共催された『桜の園』、

フランス公演の通訳として参加させていただきました。

そもそも私は通訳ではないので、演劇(主に稽古場)の現場でのみ、「エネルギーを翻訳する」という使命を持って日仏通訳を引き受けている。

私が通訳として現場に入る時、通訳である私の存在は全く消えないので、普段本業の通訳の方々と仕事をされていると戸惑いが見られる。

通常、通訳の心得としてあげられる有名なものが以下の2点。

①「正確さ」を測る三つの指針:

  • 足さない (without addition)
  • 引かない (without omission)
  • 変えない (without distortion)

②通訳者は個人的な意見は言わない:「中立性(Neutrality)」と「公平性(Impartiality)」

今回は、一般参加者を含むワークショップやアフタートークなどの通訳と創作メンバーだけでの稽古場での通訳が主な仕事内容であった。

私は前者を「パブリックな通訳」、後者を「親密な通訳」と呼び分けていて、特に後者が得意だ。

(前者は単純にスキル不足で、フランス語から日本語はまだしも、日本語からフランス語は訓練が必要)

「親密な通訳」の特徴は、メンバーが随時固定であることにプラスし、付き合いが長くなるという特徴がある。

つまり、メンバーのなかで一定の「スキーマ」が既に共有されている状態である。

スキーマ(schema)というのは、自分の頭にある、構造化された知識・知識の枠組みのこと。

経験のある俳優や演出家、技術スタッフなら、創作現場でのスキーマは、創作チームが出来上がる前から各々が持っているのでは、と思われるかもしれないが、

稽古場というのは、実に千差万別である。

だからこそ、一定の時間を過ごした人々の間に生まれている「稽古場スキーム」を垣間見ることは非常に美しく、時として、魔法のようなことが起こる。

言語学習の読解教育では、スキーマを活性化させることで、読解が促進されるということが言われているのだが、

「稽古場スキーマ」の活性化は非常に優れているので、そこに関わるメンバーの読解能力は非常に高い。

これは、本来、演劇に関わる人たちが、「他者を読解する」ということを職業にしているということに起因すると思う。

共演者の意図を読解する。

登場人物の行動及び言葉を読解する。

スタッフの計らいを読解する。

演出家の指示を読解する。

このような読解能力が非常に高い現場において、通訳の心得①:「足さない、引かない、変えない」を実行してしまうと、稽古場に流れるエネルギーを停滞してしまうことになる。

俳優の立場から言わせてもらうと、稽古中に循環しているエネルギーの流れを止められることは、非常に気持ちが萎える。

また、停滞してしまったエネルギーを再稼働するにも、新たなエネルギーを消費することになるので、疲弊する。

通訳の立場で、稽古場のエネルギーの流れを止めてしまうことだけは避けたいのだ。

だから、「親密な通訳」に関しては、エネルギーごとまるまる翻訳できるように努めている。

そこで、重要になってくるのが、ビジネスシーンでも注目されている「メラビアンの法則」である。

メラビアンさんという人が行った実験によると、

コミュニケーションをとる際に最も重要なのは話の内容だと思いがちだが、

実際には言語情報はわずか7%しか優先されていないことがわかったそう。

人間は、顔の表情、顔色、視線、身振り、手振り、体の姿勢、相手との物理的な距離などを使って行われる「非言語的コミュニケーション」から得る情報も、かなり頼りにしているから。

通訳は本来、通訳者の心得②「中立性(Neutrality)」と「公平性(Impartiality)」を担保するため、

私たちが通常無意識に行ってしまう「非言語コミュニケーション」を排除する傾向にある。

しかし、稽古場というデリケートでフラジールな時間と空間において、部外者の介入は必ずしも心地いいものではない。

それだったら、稽古場通訳においては、「内部の人間」になってしまうのが適当であろうと個人的な意見である。

「非言語コミュニケーション」を排除しないということは、

自分も、個人として、それぞれの人とお付き合いさせていただく意思をそっとお伝えすること。

個人としてお付き合いさせていただくことで、ワークショップ前の事前準備を一緒にやらせていただいたり、

休憩時間にも、作品について一緒にディスカッションさせていただいたり、非常にありがたい時間だった。

そして、「エネルギーを翻訳する」ことに全力を注いで迎えた初日。

1週間前から少しづつ用意していた手作りのお菓子ボックスを俳優さんたちに渡した。

フランスでの初日(プルミエ)は、作品にとって本当に大切な日。

この日から、作品は演出家の手を離れて、俳優や技術スタッフとともに、観客に出会うべく「公共」のものとして巣立っていく。

日本では、すべてが無事におわった千秋楽の日にお祝いをする習慣があったので、

私も最初は慣れなかったけど、今は、「初日」という日を心から大切にしている。

まさに、作品のお誕生日。胎児が赤子となるように。

公演日を重ねるごとに、観客とともに、「公共」の場で育っていく。

それは、稽古の中で作品が育っていく過程とは全く違う。

だからこそ、それぞれが覚悟を持って「公共」への窓をしっかりと開け放ち、

作品が一人歩きしていくことを受け入れるためにも、しっかりと「初日」を祝うのだ。

そして、私の通訳も「親密な通訳」から「公共の通訳」へとゆっくりと移行していった。

そのためには、まだまだ修行が必要。

忍耐強く、そして、寛容に接してくださった『桜の園』チームの皆さま、

本当にありがとうございました。

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