フランスで新型コロナ感染者が1000人単位で増え始めた3月中頃、
2ヶ月くらい日本に避難しようと、
絶対に虫に食われたくないカシミヤセーター2枚だけを持って、
飛行機に飛び乗ってから早半年。
ここ10年でこんなにも長期的に日本に滞在したのも、舞台から離れたのもはじめて。
でも、演劇とは公演も稽古もなくても、べったりな毎日を過ごしていた。
演劇創作ができなくても、演劇の最強っぷりに、日々感嘆していた。
ちょっと外から演劇を眺めてもみても、これまた最高。
角度を変えて、また眺めてみても、全く飽きない。
つくづくわたしは演劇が好きなんだと思う。
俳優業ができないことも全く苦ではなく、日々演劇のことを考える。
そして、本日とうとうフランスに帰るまで1ヶ月を切る。
10月から教職研修と『千夜一夜物語』再演ツアーが始まる。
ちなみに、現在のフランスの感染者数は鰻登り。
1日あたり5000人単位で感染拡大が続いている。
コロナ禍で毎日耳にしていたの言葉、
アルコール消毒、手洗い、ソーシャルディスタンス。
これ全部、『千夜一夜物語』の再演をする上で無理です。
出演者みんな最低一回はキスシーンあるし、
裸で床にみんな一緒になだれ込むシーンあるし、
めっちゃ近くで怒鳴りあったりするし。
作品のドラマツルギーにより、強固に構築された数々のシーンが、
コロナ禍の身体感覚の前で、音を立てて崩れ去っていく。
そもそも、フランスやスペイン、イタリアなど、ヨーロッパのラテン系の国で、
コロナがあそこまで蔓延したのも、身体の距離間のせいだと思う。
3月はじめに、フランスでも、もう頬と頬と合わせてキスする挨拶はやめようという動きはあったが、
実際は、ハグもキスもそんなに減ってなかった。
日本人にとって、室内で靴を脱ぐことをやめろと言われるぐらい、
習慣を変えるというのは一筋縄にはいかない。
わたしは、フランスで完全外出制限が出される前に日本に戻ってきたので、
コロナ禍では、日本の身体感覚でこの半年間を過ごしてきた。
この身体感覚で、上記の演技をすることは、
フィクションといえど、ハレーションが生じることは目に見えている。
脱げといわれたからすぐ脱げる、泣けと言われたらすぐ泣ける俳優を、
そもそもわたしは目指していない。
それがプロの俳優と定義される現場なら、それは危険だから、わたしはやらない。
コロナ禍で身体感覚は明らかに変わったのに、コロナ以前に創られた舞台作品を、「もう作品として出来上がっているんだからやれ」「はい、わかりました」という態度は、
演劇に敬意を示すならとるべきではないと思う。
わたしは「怖い」から、プロの俳優として、
演出家にも共演者にも、しっかり「怖い」と伝えるつもりだ。
だって、怖いよ!
この「怖い」気持ちを無視するのは、
演劇という芸術に携わるものとして、わたしは間違っていると思う。
「怖い」という気持ちは、少しの対話と信頼で緩和されることは、もう知ってる。
もしかしたら、みんなの顔を見ただけで、もう怖くなくなってるかもしれないんだけど。
長い長い夏休み最後の休日。津久井の森にて。