アレクサンダー・エクマン「Play」世界初演@パリ・オペラ座ガルニエ宮

2017年舞台芸術ベストワンは年末に観た、アレクサンダー・エクマンの最新作「Play」

https://www.operadeparis.fr/saison-17-18/ballet/play

今回オペラ座が新作を託したのは、なんと33歳のスウェーデン出身の振付家、アレクサンダー・エクマン。年齢に反して、そのキャリアは長く(2006年以降、すでに30作品以上の創作を行っている)、すでに、北欧を中心に毎回旋風を巻き起こしている彼だが、オペラ座の観客には、名前すら聞いたことがないという人たちも多かったようだ。

幕が上がる前に、タイトルバックが幕全体に投影され、一瞬にして、普段の見馴れたオペラ座の雰囲気を払拭する。音楽は、エックマンがすでに何度もコラボレーションをしている作曲家ミカエル・カールソン。オーケストラは、舞台後方に位置するので、ダンサーはオケピットまで張り出した広大なアクトスペースを与えられる。振付家自らが担う舞台美術も洗練されている。白い床に、上空から吊り下げられたいくつもの巨大な白いキューブ。影が細かく計算された照明も、緻密だ。普段着に近いような白い衣装を身につけた36人のダンサーたちが、ダンスの先生役のダンサーの振りをなぞるように、踊っている。

 

 

 

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©Ann Ray / Opéra National de Paris

 クラシックバレエからは程遠い、モダンダンスとも違う気の抜けたダンスは、奇妙に優美で居心地がよい。ダンサーたちは、それぞれの真剣さで、振り写しを続ける。一人のダンサーがいきなり子供のように駆け出したかと思うと、それに伴い36人全員が走り回り、舞台奥に均等に間を空けて、設置されたいくつもの扉をあけて、退場する。今度は、ひとつの扉から列になって、ダンサーたちが再度はしゃぎながら現れる。パーティーで聞こえてくるような、奇声をあげながら、一人の女性ダンサーを胴上げする。

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このような、一種の「遊び」の断片が続く。断片は、断片であって、決して、何かを物語ることはなく、ましてや、観客ひとりひとりの子ども時代の「遊び」の記憶を想起させることを強要することもなく、淡々と進む。何よりも、一番楽しんでいるのは、ダンサー自身のように見える。普段は、精神的にも、身体的にも、様々な制約に縛られながら、オペラ・ガルニエの舞台を優美に舞うダンサーたち。彼らの無邪気な一面を垣間見ているというこの特別な時間に、観客たちは、彼らと秘密を共有しているかのような錯覚に陥る。そして、公演序盤で生まれたこの奇妙なコンプリシテは、子どもたちだけの、大人には絶対に言ってはいけない、閉ざされた「秘密基地」的感覚をますます色濃くする作用を担っているように感じられる。

次にあらわれたのは、マイクとトーシューズのダンス。女性ダンサーのステップに合わせて、マイクで床を叩き、音を作り出す男性ダンサー。男性ダンサーの、時に翻弄され、時に、先読みしてしまうタイミングが絶妙。

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この白いキューブたちは、このあと、何回も形を変えて、登場することになる舞台装置である。

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©Ann Ray / Opéra National de Paris

突如として、幕から悲鳴にも近い笑い声が聞こえたかと思うと、男女のデュオ

が、笑いが止まらないまま、抱き合ったまま床を転がりながら登場。衣装も、女性ダンサーの部屋着のような黄色いトレーナーに、男性ダンサーの裸体と、親に隠れて、声を押し殺しながら性の目覚めを止めることができない思春期のカップルを想起させる。

このような、シンプルでかつコケットリーをふんだんにちりばめた「遊び」のシーンが連なった第1幕の最後の山場となったシーンは、緑の雨。

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緑のボールが降り続けるなか、ダンサーたちは、ボールを蹴散らす音を響かせながら踊る、踊る、踊る。この雨は、実に2分以上続くのだが、体感では永遠のように感じられるので、途中で観客は思わず拍手、そして、歓声は、雨が降り止むまで続く。緑色に埋め尽くされた舞台上を駆け回るダンサーたち。ラストは、横一列に並んだダンサーたちが、トンボ(整地用具)を手に、叫びながら、舞台後方から前方に向かって緑のボールを押し出す。これを数回繰り返すと、オケピットは見事に、緑ボールのプールと化す。

そして、幕間。緑のプールを残したまま、いったん幕が閉まる。

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2幕はこの緑のプールの中で始まる。ダンサーは、膝上まで完全に緑のプールにつかり、足の自由を奪われた状態に余儀なくされる。すべての動きに制限が加わり、前半スムーズに交わされていた、他者との身体的コミュニケーションも一気にぎくしゃくとし始める。まさに、第2幕のイメージは、「遊び」の終焉。第1幕で、ダンサーたちに「遊び」のアイディアと、空間の可能性を際限なく与え続けた優れた舞台装置が、かたちを変えることなく、一気にダンサーたちの体に負荷を与える障害物と化す。それらの制約の中、ダンサーたちは、閉じられた蓋をこじ開けることなく、淡々と美を追求するのである。衣装も、黒を基調とした、クラシックなものに変わり、会社で働く人たちのドレスコードを喚起させる。プログラムに引用されていたエックマンの文章、「考えすぎる者は遊ばなくなり、遊びすぎる者は考えなくなる。」 大人になってからの、人間と「遊び」との関係をうまく言い表した文章である。クリスマス・イブに観劇したためか、終演後は公演でつかった大きなバルーンを観客に投げ込み、観客の心を完全に虜にした緑のボールをガルニエ中の客席にプレゼント。最高のクリスマスプレゼントとなった。

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