去年、学校を卒業してから、初めて関わったプロとしての仕事、
Guillaume Vincent の『Songes et Métamorphoses』が千秋楽を迎えた。
公演回数はなんと70回!
ギヨームの作品に出会ったのは5年前。
アビニョン演劇祭で、親友のフランス人に、香子は絶対に好きだと思う!と言われて、
観に行ったことがきっかけだった。
それから、まさに、その作品に恋に落ちて、
パリでの公演にもさらに2度劇場に足を運んだ。
同じ作品を2回以上観たのは、
人生で初めてのこと。
その作品に出ていた女優が素晴らしくて、目が離せなかった。
そして、そのすぐ後に待ち受けていたのが、怒涛の国立演劇学校受験戦争。
私は、年齢制限ギリギリの25歳で、パリの国立高等演劇学校(ESAD)とモンペリエの国立演劇学校(ENSAD)に合格し、
どちらの学校を選ぶか猛烈に悩んでいた。
その時、私が、ギヨームのファンだと知っていた、モンペリエのディレクターが、
モンペリエに来れば、ギヨームのワークショップを受けられるよ、と耳打ちした。
それは、もうパリを離れるしかないと思い、意を決して、ようやく慣れたばかりのパリを離れて南仏に向かった。
入学から、半年後。
待ちに待ったギヨームとのワークショップ。
まさに夢の5日間。
https://mill-co-run.com/2014/02/10/幸せで、ゴメンナサイ%E3%80%82/
その1年後、まさかのオファーが来た。
やりたい仕事ほど、ストレスを感じることはない。
クリエーション時のストレスは、おなら事件にまで発展した。
https://mill-co-run.com/2016/10/04/おなら事件と24時間強制腹式呼吸/
舞台に立つことへの恐怖は、
舞台に立ち続けることで、消えていくのだと思っていたけれど、
どうやらそうでもないらしいことが最近わかってきた。
経験豊富な俳優に聞くと、
緊張しない人は最初から、緊張しないし、
緊張する人は死ぬまで緊張する、
とのこと。
どうやら、私は、完全なる後者なようだ。
ということは、この「恐怖」との付き合い方を模索する必要がある。
言ってしまうと、
当たり前のことだが、
日本語で演じるより、フランス語で演じる方が緊張する。
5年間、日本語で演じる機会がなかったので、日本語で演じる感覚を完全に忘れていたのだが、
今年の夏に、日本での出演を経て、
フランスに戻ったら、明らか、恐怖の度合いが増加していた。
フランス語でやることで、すでに、台詞との関係において、ハンディキャップを持っているのだから、
それに加えて、精神面においても、マイナスを背負ってしまうのであれば、
フランス語で演じることは、はっきり言ってやめた方がいいと思う。
語学教室ではないので、フランス語で演じることによって、俳優として、なにかしらのプラスの面がないと、
正直、私の未来はない。
いや、やはり、フランス語、日本語に関係なく、
怖いものは、怖い。
そもそも、演劇とは、稽古の期間に、
新たな思考と身体を、自分の中にデザインしていく作業である。
構築された思考(台詞も含む)は、情報量によって、保たれるので、
情報量が少なくなることで、
思考の断絶が生じる可能性が増えてしまうのだ。
私は、そもそもドイツ系(ブレヒト的な)の演技タイプを好む俳優なので、
「役に入り込む」とかそういう思想には、一切興味がないのだが、
最近、「恐怖」と戦うために、
ちょっと試している感覚が、
「空間に入り込む」というものである。
「役に入り込む」と、自分の内部に意識が集中してしまい、
周りが見えなくなってしまう恐れがあるのだが、
「空間に入り込む」ことで、外部からのフィクションとしての情報量があがり、
俗にいう「第四の壁」を建設せずして、稽古で作り上げてきた思考の断絶を防ぐことができる。
もしくは、その「空間」の中で、新しいものを生産することもできるのではないだろうか。
それにしても、この「恐怖」との戦いは、長丁場になることが予想される。
そもそも、俳優にとっての「恐怖」というものは、
人間にとっての食事と同じくらい身近なものなのだから、
俳優は、もっと「恐怖」を語る権利があると思う。
そして、救いなのは、いい俳優たちのなかにも、
毎回毎回、尋常ではない「恐怖」を抱えている俳優は存在するということ。
つまり、重要なのは、
緊張を克服することではなく、
緊張のお世話をしてあげること。
千秋楽前の最後のマイクチェック。