卒業。

2016年6月25日、3週間、4作品の公演を終えて、無事、卒業しました。

卒業と言っても、4作品のパリツアーは11月に予定されているし、
いまいち、実感ないなあ、と全員のんきに過ごしてきましたが、
いざ、最終日となると、
一気にその実感に襲われて、ちょっとしたことで、鼻の奥がつんとしていました。
最終日、14時から100席ほぼ満席で始まった、
4作品連続上演。
動き出した時間はもう止まることなく、
あっという間に、22時半、4作目、最終演目が始まる。
深夜1時近く、作品が終わり、
照明が消えた瞬間に、
観客が歓声と共に立ち上がるという、奇跡のような光景を目の当たりにしました。
もちろん、私たち11人は、
今日一日堪え続けた涙が一気に堰を切ったように流れ出し、
客席の光景に呆然とする。
そうして、俗に言う「汗と涙」にまみれた、
ひどく暑苦しく、
そして、なんて愛おしい、
「卒業」を迎えた。
改めて、学校生活とはなんだったのかと聞かれれば、
「段階」と答えると思う。
できなかったことが、
努力して、
できるようになること。
この繰り返しで、
少しづつ少しづつ、
「自信」を精製していく。
ラッキーだけでできたことでは、
「自信」を生産することはできない。
「学校」をいう場所から、
一歩外に出れば、
社会は理不尽なことばかりで、
怠け者が得をすることだって、
働き者が損をすることだってある。
ただ、「学校」では、
ゆっくりと時間をかけ、
努力することは、
決して恥ずかしいことではない。
軽々と容易くできた何かより、
四苦八苦してようやくできな何かを通して得る自信の方が、
よっぽど長持ちする。
そして、そんな時間を、
一緒に競えあえる同士がいた場所。
28歳で、
まるで甲子園みたいな熱い青春を過ごせるとは思ってもいなかった。
そして、
同時に、
演劇を続けていく限り、
私は、甲子園みたいな青春を過ごし続けるのだろうと、
確信した年でもあった。
共演した大女優に言われた最後の言葉。
残っていくアーティストの条件とは、
医者よりも、弁護士よりも、政治家よりも、
どんな堅い職業よりも、
自分のやっていることをどこまで「真面目(sérieux)」にできるかということ。
例えば、俳優がほんの小さなきっかけを間違えたところで、
命取りにはならないし、
国は動かないかもしれない。
ただ、アーティストだからこそ、
自分がどこまでも「真面目」な態度で、
自分の創っているものに向き合っていかなければ、
作品は崩壊してしまう。
この世の中に演劇ほど壊れやすい芸術はないらしい。
卒業して、
3年前とどう変わったかと言われると困るけれど、
ひとつだけ言えるのは、
演劇を続けるうえで、
才能があるとかないとかの前に、
「真面目」に生きる心構えができたこと。
8月から、
初めての「仕事」としての俳優生活が始まる。
これからも、
たくさんの困難と、
たくさんの夢に、
出会え続けますように。
卒業生冊子の写真。
スクリーンショット 2016-06-27 20.05.33.png
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