無事、公演終了しました。
普段は、公演後、たくさんの人と話したり、
創作過程をシェアしたりして、
褒められたら、単純に嬉しいと思うけど、
今回、一番褒められたかった相手は自分だった。
ヨン・フォッセの戯曲は、
特殊だ。
言葉、ひとつひとつは平凡で、
日常の中に紛れてしまうような小さな塵にすぎない。
ただ、その言葉たちが、
繰り返され、
連なり、
引き返し、
交差し始めた頃、
静寂の中、
彼らは水面を浮遊するように、
踊り始める。
言葉たちを踊らせるために、
俳優の解釈が邪魔になることがある。
今までは、
いかに、
正確、かつ、具体的に、
言葉を舞台空間にひとつひとつ配置していくことが、
課題となることが多かったが、
今回のテキストに限っては、
全く違った。
例えば、
同棲している恋人が、
家を出ようとしているとする。
「行かないで」と言いたい。
しかし、
自分の口から出てくる言葉は、
「そういえば、さっき君のお母さんから電話があったよ」
ということだったりする。
ヨン・フォッセの戯曲に関しては、
俳優の意識と、
台詞が、
遠い場所にあればあるほど、
彼の言葉たちは、
自由に踊るのである。
この作業が、
私にとっては、
地獄の始まりだった。
どんなに、どんなに、
台詞を完璧に覚えても、
意識をテキストから切り離すというリスクをとった途端に、
いつ、台詞が自分から逃げて行ってしまうのかという、
絶え間ない恐怖にかられることになる。
台詞が出てこなくなるのが怖くて、
リスクをとることができなくなりそうになってしまうことが、
何度となく起こった。
その度に、演劇という表現媒体の特質と魅力を考えて、
リスクを取り続けるための稽古を繰り返した。
ヨン・フォッセのテキストと同じ。
人間は、
究極に追い込まれたとき、
繰り返すことしかできないのだと思った。
本当に、
情けないけど、
繰り返すこと以外何もできなかった。
本番、直前まで、
口の中で、
台詞を念仏のように唱えながら、
幕を開けた本番。
私ひとりの15分近いモノローグから、
始まる。
ふと、気がつくと、
私の身体から、
ずいぶんと遠い場所で、
少し前に、
私の口から、
紡ぎ出されたと思われる言葉たちが、
踊っていた。
ここが、
私の、
行ってみたかった場所。
見てみたかった場所。
聞いてみたかった場所。
一週間前には、
挑戦することも、
到達することも、
想像すらできなかった世界。
この領域における俳優の仕事というのは、
観客から観たら、
本当に微々たる差なのだと思う。
その微々たる差が観客には同じに見えるかもしれないし、
逆に、
その方が、いい仕事をしたということなのかもしれない。
だから、
今回だけ、
私が一番褒められたい人は、
演出家でも、
観客でも、
共演者でもなく、
一週間前に、
ただただ呆然と作品の前に立ち尽くし、
めそめそしていた、
過去の私だ。
そんな、過去の自分の方へ、
そっと身を翻そうとした時、
自分の本棚から、手に取った一冊。
阿部謹也『自分のなかに歴史を読む』
阿部謹也氏は、ドイツ中世史を専門とする、
歴史学者。一橋大学名誉教授。
一橋大学の学長を務め、紫綬褒章まで受賞されている。
華々しい経歴のイメージを一瞬で覆す、
「作文」を思わせるような、
暖かくて、きゅっと寄り添ってくるような文体に、
一気に肩の力が抜ける。
歴史研究とは、
「自分」研究と言い換えることもできるのか。
高校受験以来、
「歴史」という言葉の前に、
立ちはだかっていた巨大な壁も、
優しい冬の太陽の下で、
少し恥ずかしいような気持ちで、
溶けていく。
過去の自分を正確に再現することだけでなく、
現在の時点で過去の自分を新しく位置付けてゆくことなのです。
この点に関して、
阿部氏が引用されていた、
ソヴィエトの文学者、ミハイール・バフチーンという人の言葉。
(前略)
もし、ある作品が完全に現在のなかに埋没し、
その時代にしか生まれないものであって、
過去からのつながりも、
過去との本質的な絆ももたないとしたら、
その作品は未来に生きることはないだろう。
現在にしか属さないすべての事物は現在とともに滅びるのである。
この文章は、
過去・現在・未来という、
決して交わることのない兄弟を、
「絆」というアイテムをつかって、
チームにする、
強烈な思想だと思う。
過去は、未来のためにあり、
現在は、過去をどんな過去にしていくかで、常に変化し、
未来は、そんな可塑性の高い現在の先にあるもの。
過去は、変えられる。
だから久々の週末は、
未来のために、
現在の私による、
過去の微調整。