チョン・ジュリ初監督作品『扉の少女』 A Girl at My Door / DOHEE YA

先週、パリの韓国映画祭(FFCP)にて、
1枚の宣伝用ポストカードが目に入った。
じゅり
「目が釘付けになる」とは、
こういう時に使うのだということを、
一瞬に理解した。
男の子と女の子なのか。
女の子と男の子なのか。
男の子と男の子なのか。
女の子と女の子なのか。
中性的でありながら、
どこまでも強く性の香りを漂わせる、
ふたりの表情に、
私の目は、
まさしく「釘づけ」られた。
コメントを読んでみると、
大好きな映画監督イ・チャンドン氏製作の映画で、
今年のカンヌ映画祭「ある視点部門」オフィシャル セレクション作品であった。
http://www.festival-cannes.fr/jp/archives/ficheFilm/id/100010477/year/2014.html
ちなみに、プロデューサーであるイ・チャンドン氏の、
監督作品は、
強烈な映画しかないので、
すべてオススメ。
出口のない部屋に、
閉じ込められ、
四方の壁が、
じわりじわり、
すこしづつ、すこしづつ、
中央に向かって迫ってくる感じ。
ただ、地球の自転と同じくらいの速さのため、
どうしてもその事態に気づくことができないのである。
個人的に特にオススメなのは、
30歳を目前に出所してきた青年と脳性麻痺の女性の恋愛を描いた、
2002年公開の『オアシス
脳性麻痺のヒロインを演じたムン・ソリは、
撮影後、1ヶ月間、
顔がもとにもどらなかったという。


ちなみに、外せないのは、
シークレット・サンシャイン』(2007年)

ラッパーの宇多丸氏も絶賛しています。
さて、そんなイ・チャンドン氏製作、
チョン・ジュリ(JUNG July) 初監督作品、
『扉の少女』 A Girl at My Door / DOHEE YA

カンヌ映画祭での監督インタビュー
舞台は、ラース・フォン・トリア監督作品『ドッグヴィル』を想起させる、
住人全員顔見知りレベルの小さな港町。
ソウルから派遣された女性警官と、
ひとりの少女をとりまく世界を描く。
なんとこの映画、
今月22日から始まる「東京フィルメックス」のコンペティション 作品。
http://filmex.net/2014/fc08.html
私は、幼少期から、
とにかく落ち着きがないタイプで、
今でも、靴を履いたまま映画を鑑賞することができないし、
じっとしていることが大の苦手。
そんな私が、
自分でも自分を褒めてあげたくなるくらい、
実に「お行儀よく」映画を観た。
静かな静かなホラー映画だったせいなのかもしれない。
それとも、
ドアをノックする音があまりにもうるさすぎたせいなのかもしれない。
マイノリティーは、
その分母が大きくなればなるのど、
脅威を発揮すると考えるのが普通である。
ただ、
分母が小さくなることで、
マイノリティーのマイノリティーであるが所以は、
10倍にも100倍にも増幅してしまうのである。
アジアでしか扱えない、
マイノリティーへの、
ひとつの確かな問いがあった。
分母が小さくなることで、
マイノリティーは薄れるどころか、
浮き彫りにされる。
「匿名」ではなく、
「実名」としての、
「世間体」として。
チョン・ジュリ監督は、
人間の「眼」を撮る天才だと思う。
目でも、
瞳でもなく、
眼球の「眼」
ま-な-こ 【眼】
名詞
①黒目。目玉。目。
②物を見たり、本質・価値を見通す力。眼力(がんりき)。
(学研全訳古語辞典より引用)
その「眼」に映る世界を、
見るだけではなく、
見通す力。
物事を、
限りなく「能動的」にみつめる「眼」
彼女たちの「眼」を思い浮かべながら、
「受動的」に酷使した、
私の「目」を、
そっと閉じる。

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