原発と恋愛について〜Rebecca Zlotowski監督作品『Grand Central』

パリで現在公開中の映画、
『美しき棘』の監督、レベッカ・ズロトウスキの最新作
カンヌ国際映画祭「ある視点賞」受賞作品、
『グランド・セントラル』を観てきました。
主演は、今年のカンヌで、
アブデラティフ・ケシシュ監督の『La Vie d’Adèle』でパルム・ドールを出演女優として受賞した
レア・セドゥ(Léa Seydoux)と、
タハール・ラヒム (Tahar Rahim)。
GRAND CENTRAL
目に見えないものから、
目をそらさないこと。
目に見えないものを、
しっかり見ようとすること。
これらが、
こんなに恐ろしくて、
だからこそ、
目に見えない早さで悪化していく。
グランド・セントラルとは、
大型発電所のこと。
学歴のない若者たちが、
高額の給料に惹かれ、
原発作業員に応募する。
派手にお金を使いながらも、
毎晩仲間内ではしゃぎながら、
放射能汚染の最前線で仕事を続けていく。


洗っても洗っても落ちない
目に見えない「シミ」は、
「見ないようにする」ことでしか、
消えない。
そんな仲間内で、
作業員として働く女性は、
作業員監督の婚約者でありながら、
新入り作業員と浮気をする。
洗っても洗っても落ちない
目に見えない「情事」は、
「見ないようにする」ことから、
甘く、
美しく、
鮮やかに熟しながら、
腐敗していく。
いま、
私たちが、
見なくてはいけないものは、
「見えない」ものではなく、
「見たくない」もの。
目の前にある
「見える」仕事に覆われて、
「見えない」仕事に取りかかれないのか、
それとも、
「見えない」仕事に取りかかりたくないから、
「見える」仕事に覆われようとするのか。
大人になることは、
取り返せないことが増えること。
そして、
後悔ができなくなること。
恋愛は、
「日常」になればなるほど、
目に見えなくなってくるから、
気づいたときには、
手遅れ。
原発の恐怖も、
きっと同じ。
「日常」になればなるほど、
目に見えなくなっていく。
そして、
「目に見えない」ものほど、
怖いものは、
多分この世に存在しない。
歯がゆいけれど、
いま、
できるのは、
見ようとすること。
見続けようとすること。

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