キム・ギドクの映画で、顎がはずれる。

先週から、フランスで公開されている 
キム・ギドク監督の最新作『ピエタ』を観てきました。
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この作品は、第69回ヴェネチア国際映画祭で韓国映画史上初の金獅子賞を受賞した作品で、
日本では、『嘆きのピエタ』というタイトルで6月から公開されるそうです。


この映画を観たのは2日前の土曜日の夜。
21時45分からの上映。
正直、今あのときの2時間の間に起こったことを、
思い出そうとするだけど、
身体が自然に強ばります。
予告編に続き、
『ピエタ』本編の上映が始まった瞬間から、
映画館は、終わりのないお化け屋敷化しました。
人間の適応能力というものは、すごいもので、
アクション映画だったり、
ホラー映画だったり、
ジェットコースターだったり、
いつ激怒し出すかわからない先生だったり、
恐怖は、「点」で発生することのが多いため、
「キャー!!」と悲鳴をあげたくなるような「点」に、
自然と慣れてくる。
「ピエタ」の場合は、「線」の恐怖。
このような終わりのない、
どこまでも続く「線」の恐怖を初めて体験した。
最初の1分で、呼吸がすごく浅くなって、
次の20分で、顎が外れるという非常事態が起きた。
しかも、唾液の分泌が止まってしまっているから、
よだれもそんなに溜まることなく、
すぐには、顎が外れたことに気づかず。
そのまま、口を開けたまま、一心不乱にスクリーンを半目で凝視し続け、
エンドロールの頃には、
首が肩に完全に埋まっていた。
場内の明かりが付いたときの、
安堵感と生還の喜びは、
常軌を逸していて、
映画館の扉が重くて、一人では開けられなかったので、
自分の後ろにいた人に開けてもらった。
そして、映画館からメトロまでの3分の道のりを、
休憩しながら10分かけて歩き、
戦争から帰宅したら、
こんな感じなのかしら、と想像しながら、
まだ少し痛みの残る顎をさすった。
それにしても、
この「線」の恐怖というものの存在希少価値があまりにも高いので、
その恐怖に崇高な美しさを感じずにはいられない。
2、3年前に、
日本で「枯れないバラ」というものが流行ったのを思い出した。
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完璧な「美」を、
完璧な「美」のまま、
いつまでも保存しておくことは、可能でも、
果たして、
完璧な「美」を、
完璧な「美」だと感じる気持ちも、
いつまでも保存しておくことは、可能なのか?
『ピエタ』は、おそらく、
作り手側の「美」の保存ではなく、
受ける側の「美」を保存することに成功した作品だと思う。
どこまでも続かのように思われた「線」の恐怖、
そして、その先にあった、
狂ったような美しさ、
あのときの身体の感覚は、
私の中に、完全に保存された。

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