前回のブログで書いた、
モリエールとパゾリーニを扱っている木曜日の実技クラス。
このクラスでは、毎回だれかひとりが授業の最後の20分間を使って、
『私のスーツケース』という企画を発表します。
構成・演出・美術・照明・音響、
すべてをデザインして、
自分の好きなものばかりを詰め込んだスーツケースを持って来て、
そこからいろんなものを取り出しながら、
パフォーマンスしていくというもの。
つまり、
超立体自己紹介。
だからといって、
舞台の上で起こることなので、
すべて真実を語らなければいけないという訳ではない。
私が2週間前に行った企画では、
桜美林大学卒業制作の一人芝居で、
フライヤーに掲載したコメント、
たった22年しかいきていないのに、
すでに、
女であることは、
窮屈で、
ときに、
息苦しいとさえ感じます。
しかし、私が、
22年前、
二分の一の確率で女に生まれたことが、
私の人生最大の、
美点です。
この文章をテーマに、
「女、女、女」
な作品を作りました。
使用オブジェ:
1、音楽
2、マスカラ4本
3、バニラの香水
4、小説ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
5、スカート15着
6、日本にいる父から特急便で送られて来たロッテキシリトールのガム
7、戯曲アンジェリカ・リデル『私は、美しくない』
毎日一緒に過ごしている、
クラスメートと先生に向かって送る、
「自分」
自分自身から抽出した内容を、
自分で構成・演出し、
自分を役者として起用し、
自分の知っている人の前で発表する。
シンプルだけど、
どこにも言い訳する隙のない、
結構過酷なエクササイズだと思います。
もちろん、公演後は、
恒例のディスカッション。
でも、普段の戯曲を使った発表のあとのちょっと辛辣な空気とは違って、
今日は、みんな、暖かい。
なぜなら、観客は、
それが、自分たちだけに向けられた「プレゼント」だということをわかっているから。
先週は、他の生徒が発表して、
私たちは観客。
一度、劇場の外に出されて、
合図があってから、入っていくと、
真っ暗闇に、一面のキャンドル。
怖い話の本や、
彼の4歳の時のパジャマ、
ベルナール=マリー・コルテスの戯曲、
おじいちゃんの時計、
そして、一人一人に丁寧に包装された生チョコ・トリュフのプレゼント。
よく見ると、中身は一緒なのに、
ひとつひとつに、名前がついてありました。
観客としているときに、
自分たちにとって特別な存在の人(役者)から、
個人として、対応してもらえること、感じてもらえることって、
ただそれだけのことで、
こんなに、奇跡的な気持ちを与えてくれるんだなあ。
彼の作品は、正直詰めが甘いところもあったけど、
準備段階においても、本番中も、
一瞬たりとも、私たちのことを忘れていなかった。
そうすると、なぜかみんな「自慢の息子の晴れ舞台」を観ている気になってしまう。
このような関係性の中で、生まれた作品は、
どうしたって、1割増の評価にならざるを得ない。
目の前にいる人に、
贈り物をする気持ち。
そして、
贈り物をもらう気持ち。
チョコレートに負けないくらい、
濃厚な時間と、
美味しい空間を。