「美人は得か?」論争・イン・コンセルバトワール

「美人は得か?」
10代後半の未来に羽ばたく役者のタマゴたちを前に、
どうして自分は、こんなにも現実的な問いしか、
投げかけられないのか、
と自問しながらのオーディション見学。
やはり、国籍を超えても、
美人の判断基準は、大して変わらないようです。
日本のメディアに触れていると、
私が、確実にひとつ言えることは、
「美人」じゃなくてもいい職業における
「美人」は得である。
例えば、政治家。
例えば、心理学者。
例えば、スポーツ選手。
それでは、
「美人」であるということがあきらかに有利に働きそうな職業の場合、
実際、「美人」ということがどれだけプラスになるのでしょうか。
例えば、女優。
私の「美人」の美学。
それは、自分が「美人」であると知っている「美人」
オーディションでも同じ。
生まれたときから、すでに人よりちょっと恵まれていた容姿を、
褒められてきただけあって、
人との対峙のしかたが、堂々としている。
最終的に、外見から得をしているのではなく、
その自信からくる、
立ち方であったり、話し方であったり、仕草であったり、
そこに、私たちは、魅了される。
では、女優における「美人」とは、
果たして得なのであろうか。
それは、必ずしもそうではなさそう。
というのが、最近の見解。
なぜなら、単純に「美人」率が非常に高いからである。
以上、二つのカテゴリーから思うこと。
若者たちよ、
マイノリティーを恐れるな!!!
オーディション中の先生の外見に対する、
最高評価は、
「彼女は、カラフルだ」
素の表情からは想像もつかないような、
表情が現れる顔。
「カラフル」だった子の想定理由。
死ぬほど時間をかけて準備した。

もしかして、わたし、イケてる?

早く、審査員の前で発表したい!!
多分、コンセルバトワールのオーディションにおける「美人」の定義は、
オーディションにかける想い。
もちろん、受かりたい気持ちはみんな同じ。
そんなのは、当たり前。
そんなことより、何より、
今この瞬間、
審査員の前で自分の作品を発表することを、
どれだけ待ち遠しく思ってるか。
どれだけ楽しみにしているか。
そして、やってきたからこそ、失敗を恐れて、
どれだけ緊張しているか。
さあ、私も努力次第の「瞬間美人」を目指しましょう。

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