正しい狂気の作り方ードストエフスキー『おかしな人間の夢』

明後日から、
演出家クラス、怒濤の3日間30時間スタージュ(ワークショップ)が幕を開けます。
それに向けて、
先週と今週は、各グループごとに先生とコンタクトをとって、
自分の現段階での作品を発表して、
話し合うという段階でした。
私が選んだのは、『おかしな人間の夢』という作品。
『カラマーゾフの兄弟』の3年前に書かれた作品で、
発表当時の評判は芳しくなく、
ほとんど無視されたようです。
日本では、論創社から翻訳が出ています。
おかしな人間の夢 (論創ファンタジー・コレクション)
太田 正一 (翻訳)
スクリーンショット(2012-02-18 13.43.05)
基本的にグループで創作することになっていて、
私も、元々は『白夜』チームに入っていたのですが、
どうしても言葉の問題で、
ディスカッション時に受け身になってしまうことを避けたかったので、
ソロで作品をつくることに。
以前から、演出クラスで扱っていた『地下室の手記』と似ている、
鮮烈に澄み切った「どぶ」、
という感じの印象が頭からはなれず、
ドストエフスキー作品としては、マイナーなこの作品を選択しました。
演出クラスの先生のマリオンはとにかく惜しまない人。
まだ、20代後半か30代前半だと思うのですが、
マリオンが授業中に自分の感想を述べているだけで、
そのパッションに圧倒されて、
涙が出そうになります。
こんな表情で、
なにか物事を語られたら、
いつの間にかマリオンの空間に吸い込まれて、
もうこっちまでどんどん全身が熱くなってきてしまう。
今日も、他のグループが来れなくなったのに、
私一人のために、
授業外で、
コンセルバトワールまで来てくれて、
1対1で、私は作品を発表。
贅沢。
小説を立体化する作業の無限さといったらない。
ヒントだらけなのに、
そのまま使えるものは一つもない。
だから、
必然的にすべての瞬間に「私」が介入することになる。
ドストエフスキーと言ったら、
やっぱり「狂気」。
この状態をいかに生産するか、
まずは、そこに観点をしぼってみることにしました。
例えば、
今日私は、2時間早く家を出て、
コンセルバトワールで自分のプランを試してみようと思ったのですが、
思っていた広さのスタジオが借りられず、
狭いスタジオになってしまいました。
そこで、
「狂気」の導入として、
服がうまく脱げないいらいらを、
脱げないまま空間を動きまくって、
つくってみようと思っていたのですが、
この狭さでは、不可能。
そこで、この狭いスタジオにあわせて、
両手をおもいっきり上に上げたまま冒頭の部分を読んでいたら、
3分もしないうちに、
死ぬほど腕が痛くなってきて、
身体が勝手にもぞもぞ動いてきて、
言葉もうまくしゃべれなくなって、
あっさり「狂気」に突入。
マリオンの前では、
ほぼ即興で発表したのですが、
身体の状態が普通でないと、
どんどん頭の中にある、『おかしな人間の夢』のストーリーが、
私の身体を通して、
トランスフォームされていくかんじ。
3月頭の受験に向けて、
スタージュ参加者もかなり減ってしまったし、
私も、課題が多すぎてしまうので、
受験に集中するため断念しようかと思っていたのですが、
マリオンは、
なにか、オーディションとか試験を受ける前は、
準備しまくることよりも、
演劇漬けな日々に身をおいて、
創造しまくって、
感覚をびんびんに張り巡らせておくことだと言っていました。
そうしないと、
たいてい、
当日、
さんざん稽古してたものが、
あっさり色あせてしまうそうです。
マリオンの言うことを信じて、
私も、
ひとまず受験はおいといて、
ドストエフスキーモードに突入!!

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