三島由紀夫『熱帯樹』、そして、外国語で演じることについて

秋休み明けの課題戯曲は、個人選択。
それぞれが、自分のやりたい戯曲を探して来て、
相手役を他の生徒に依頼。
まずは、みんなの前で、本読みをして、
それから、みんなの意見、先生の意見をもとに、
自分たちで、稽古をして、
(台詞を覚えて、)
そして、発表する。
クラスでディスカッション。
うまく行けばさらに稽古を続けて、また発表。
基本的に、このサイクル。
基本的に、コンセルバトワールの受験は、課題戯曲を自分で選択するように指示されるので、
自分にあった戯曲を、選択できるかということも、
一つの大きな評価基準。
こっちのオーディションは、
常に、俳優に自己プロデュース的なことが求められている気がします。
戯曲選択にあたって、
先生から、生徒ひとりひとりに、
戯曲と役の提案メールが来ました。
私は、マリヴォー『愛と偶然との戯れ』、
そして、
ジャン・ジロドウ『間奏曲』
もちろん、これはただの提案なので、
やらなくても可。
割と、よく一緒に作品を作っていた男の子は、
三島由紀夫『熱帯樹』を提案され、
主人公の母親と関係を持ってしまう男の子、
勇(イサム)役を提案され、
私に、彼の妹役の郁子(イクコ)を依頼してきました。
三島由紀夫が、
15区のコンセルバトワールでちょっとしたブームになっていて、
嬉しい(笑)
フランスで実際に起こったギリシア悲劇『エレクトラ』を思わせる事件にインスパイアされた作品。
母親が父親を殺そうとしていると思い込んだ妹が兄に母殺しをそそのかすという話。
私たちが、選択したのは、
郁子が勇に、
母親殺しを依頼するシーン。
ここで、初めて、二人の近親相姦的な、
行き過ぎた兄妹愛が、
露出するシーンでもあるます。
フランス語に翻訳された戯曲は、
三島由紀夫の耽美感がどうしても薄れてしまっていて、
例えば、
「キスしてあげるわ、お兄さま。」
という台詞が、
主語が「私たち」で、
「キスしましょう。」
と、翻訳されていたので、
そこだけは、主語を郁子「私」に変えさせてもらいました。
稽古をしているうちに、
結構盛り上がって来て、
いろいろ演出プランが出来てくると、
どうしても台本を持ちながらだと限界が出て来てしまいます。
そこで、今回は、
台詞を覚えることに…。
3分間のシーンを覚えるのに、
かかった時間、
なんと2日間で約11時間…。
これは、単に外国語の問題ではなく。
個人の能力に影響されているところが大きいと思うのですが、
それにしても、
演じるところまで行くには、
どうしてもこれぐらいかかってしまいます。
そして、
こういう時に、
一瞬たりとも、
この不毛ともとれる行為に疑問を感じてしまうと、
もう先には進めなくなるので、
ひたすらやる。
というか、
一番怖いのは、やらなくても、
誰にも何も言われないこと。
大学の両立しながら、
通っている子たちなんかは、
どうしても、作品を準備して発表する機会が少なくなってしまって、
クラスでの影も薄れてしまいがち。
でも、それは、自分自身が選んでいることだから、
だれにもなんにも言われない。
つまり、
クラスで目立ちたかったら、やるしかない。
というか、
私は、目立ちたいと思っている。
年頃の男の子が、
女の子にモテたいという理由だけで、
身体を鍛えたり、
演劇始めたり(?)、
という、理由に似ていると思う。
でも、私は、
演劇に対して、
絶対に、「現実」というものに勝てない、「虚構」の世界に、
こんなに「不確か」で、
明日には、みんなの記憶からも、消えて、
作品が存在した「証拠」も残せない、
幻と言ってもいいような
一定の「時間」と「空間」に、
もちろん観ている人も含め、
全身全霊になってしまう、
人間っぽさが、
やっぱり、ダサイと思うし、
それでいて、心から美しいと思う。

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