ピーピング・トム『ヴァンデンブランデン通り32番地』とレオナルド・ダ・ヴィンチ

Takenaka Kyoko web
 
 ピーピング・トムの千秋楽を観に、世田谷パブリックシアターへ。
時間は、80分。
絶対的な空間での、「遊ぶ」とこんなミラクルなことが起るんだ、と思いました。
今村昌平監督の映画『楢山節考』から最初のインスピレーションを得て、作られたそうですが、
ダンサーから発せられる、動き、言葉、そして、美術、小道具、音協、照明、…
とにかく、すべてがメタファの連続で、
たまたま昨日の芸術論の授業で扱った、レオナルド・ダ・ヴィンチを思い出しました。
ダ・ヴィンチは、1枚の絵を描くのに、美術の知識だけでなく、
数学、音楽など、ありとあるゆる分野の知識を総動員させていたそうです。
例えば、有名な『最後の晩餐』
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この絵の、テーブル上のパンと人びとの手をつなぐと、
楽譜が現れ、
美しい音楽の旋律になっていたり、
それらを線で結ぶと、ヘブライ語の文字が浮かび上がり、
ダ・ヴィンチからのメーッセージなっていたりするのです!
そうしてみると、どんどん厚みが増してきて、
頭の中を、作品がゆっくりゆっくり浸食してくるのです。
まさに、今回の『ヴァンデンブランデン通り32番地』と一緒。
ダ・ヴィンチの場合は、ダ・ヴィンチひとりによる功績が、大部分を占めていたと思いますが、
ピーピング・トムの場合、
6人の出演者によるところがかなり大きかったと思います。
表現者として、自分の出したいイメージ、世界観を発信するための準備が、
万全の身体だったと思います。
それは、もちろん肉体的な技術はもちろんですが、
精神的にもかなり充実していて、
ダンサーとか、役者とか、そういう区切りじゃなく、
「表現者」として、
彼らは確実にプロフェッショナルでした。
そんな彼らから、発せられるメタファだからこそ、
私たち観客も、イメージを探る仕事をなんの迷いもなく、
受け入れて、こなしていける。
そんな、必然性のある、
とにかく無理のない自然な舞台でした。

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